目次主文当事者の主張裁判所の判断発言集

東京地裁平成9年5月26日判決

ニフティ名誉毀損事件第一審判決


2 争点1(二)(被告Y2の責任原因)について

 (一)

 原告の主張は、被告Y2の不作為による不法行為をいうものであるところ、不作為による不法行為が成立するためには、その要件として、i 結果回避のため必要な行為を行うべき法律上の作為義務を負う者が、ii 故意・過失により、右iで要求されている必要な行為を行わず、iii その結果、損害が発生したことが必要とされるというべきである(最高裁昭和60年(オ)第322号同62年1月22日第一小法廷判決・民集41巻1号17頁参照)。

(二) 

 そこで、右(一)にいう作為義務が被告Y2にあるかどうかを検討する。

 (1) 前示事実によれば、以下の点が認められる。すなわち、
 <1> シスオペは、被告ニフティ(Y3)との間で締結されたフォーラム運営契約により、同被告から、特定のフォーラムの運営・管理を委託され、その対価として報酬を受領している者であるところ、他人を誹謗中傷するような内容の発言が書き込まれた場合の対処も、フォーラムの運営・管理の一部にほかならないというべきこと、
 <2> シスオペにおいては、当該フォーラムに他人の名誉を毀損するような内容の発言が書き込まれた場合には、これを削除するなどして、その有線送信を停止する措置をとることができ、これらの措置をとれば、それ以後は、当該発言自体が他の会員の目に触れることはなくなること、
 <3> その反面、当該発言によって名誉を毀損された者には、右のような内容の発言が多数の会員によって読まれてしまう事態を避けるため、自ら行い得る具体的な手段は何ら与えられていないこと、
 <4> フォーラムの運営・管理に関して、シスオペの拠り所となるものとしては、会員規約(本件当時のものは乙4)及び運営マニュアル(丙2)があるが、会員規約には、他人を誹謗中傷し、あるいはそのおそれがある発言が書き込まれた場合には、右発言が削除されることがある旨の規定があり、運営マニュアルにも、右のような発言が書き込まれた場合の対処に関する記載があること。
 そして、これらの事情に照らすと、フォーラムに他人の名誉を毀損するような発言が書き込まれた場合、当該フォーラムのシスオペにおいて積極的な作為をしなければ、右発言が向けられている者に対し、何ら法的責任を負うことはないと解することは相当でなく、シスオペが、右(一)にいう条理に照らし、一定の法律上の作為義務を負うべき場面もあるというべきである。
 この点、被告Y2及び同ニフティは、シスオペに法律上の作為義務はない旨主張する。確かに、ニフティサーブには本訴提起時点で300に上るフォーラムが存在し、テーマ、会員層等によって、それぞれ異なった個性を有するのであるが(乙19、丙3、証人小泉秀代、被告Y2本人)、これらを円滑に運営・管理するためには、各フォーラムの個性に応じ、異なった配慮も必要とされるというべきこと、フォーラムの個性を最も熟知しているのは当該フォーラムのシスオペであると解されること、フォーラム運営契約(丙1)及び運営マニュアル(丙2)の記載内容に照らすと、ニフティサーブにおいては、フォーラムの運営・管理は、基本的にはシスオペの合理的な裁量に委ねられているものと解されるが、右裁量も、私法秩序に反しない限りにおいて認められることは当然であるから、シスオペにつき、条理上の作為義務の存在を一切否定する根拠となるものではない。また、その他、シスオペについて法律上の作為義務を否定する同被告らの主張は、前示<1>ないし<4>の事情に照らし、採用することができない。

 (2) 一方、前示事実に証拠(甲34、丙3、被告Y2本人)及び弁論の全趣旨を併せると、<1> フォーラムや電子会議室においては、そこに書き込まれる発言の内容をシスオペが事前にチェックすることはできないこと(この点が、新聞、雑誌等の編集作業に携わる者とは根本的に異なるところである。)、<2> 本件各発言がされた当時、ニフティサーブにおいては、被告Y2を含むシスオペの多くが、シスオペとしての業務を専門に行っているわけではなく、他に本業を有し、空いている時間をシスオペとしての活動にあてている者であったこと、<3> シスオペが行うべき業務の内容は、フォーラムの運営・管理全般に及ぶうえ、一つのフォーラム全体に一日あたり書き込まれる発言は膨大な数にのぼることが認められ、この事実からすると、シスオペにおいて、自己の運営・管理するフォーラムに書き込まれた個々の発言の内容を、これらが書き込まれる都度全てチェックし、その問題点をもれなく検討することも、通常の場合は極めて困難であると解されること(なお、前示のとおり、シスオペは運営協力者を選任することができるが、右<2>のような実情に照らすと、全てのシスオペに対し、書き込まれた発言の全てを、常時チェックするために必要な人員を確保することを要求するのは酷に失するといぅべきである。)に照らすと、シスオペに対し、条理に基づいて、その運営・管理するフォーラムに書き込まれる発言の内容を常時監視し、積極的に右のような発言がないかを探知したり、全ての発言の問題性を検討したりというような重い作為義務を負わせるのは、相当でない。

 (3) また、シスオペは、フォーラムを円滑に運営・管理し、もって、当該フォーラムを利用する権限のある会員に対し、十分にフォーラムを利用させることをその重要な責務とするから、自己の行為により、フォーラムの円滑な運営・管理や、会員のフォーラムを利用する権利が、不当に害されないかを常に考慮する必要があるというべきところ、発言削除等の措置は、会員のフォーラムを利用する権利に重大な影響を与えるものであり、当該フォーラムの個性を無視した対応をすれば、フォーラムの円滑な運営・管理を害し、ひいては、会員に、十分にフォーラムを利用させることができない状況に陥ってしまうこともあり得る。また、当該発言の内容によっては、名誉毀損にあたるか否かの判断が困難な場合も少なくないというべきである。このような事情に照らすと、名誉毀損的な発言がフォーラムに書き込まれた場合、シスオペは、右(1)のような作為義務と右のような責務との間で、板挟みのような状況に置かれたうえ、困難な判断を迫られるような場面もあり得る。したがって、右のようなシスオペの地位、当該発言の内容、当該フォーラムの個性(テーマ、会員層、ローカルルール等)等の事情も考慮する必要がある。

 (4) 以上のような事情を勘案すると、少なくともシスオペにおいて、その運営・管理するフォーラムに、他人の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったと認められる場合には、当該シスオペには、その地位と権限に照らし、その者の名誉が不当に害されることがないよう必要な措置をとるべき条理上の作為義務があったと解するべきである。

  (三)

 そこで、被告Y2が、本件各発言の存在を具体的に知ったと認められる時期と内容について検討する。

 (1) 前示事実によると、被告Y2は、本件各発言のうち、<1> 別紙発言 一覧表(二)記載の符号8、9の各発言についてはこれらが書き込まれた当日に、同 一覧表(二)記載の符号11の発言については、これが書き込まれた翌日に、運営会議室において、本件フォーラムの運営スタッフから、発言番号等を特定したうえ、これらの発言については問題があるのではないかとの指摘を受けたこと、<2> また、同 一覧表(二)記載の符号8の発言については、会員から、右発言が書き込まれた4日後の平成5年12月22日に、右発言は中傷及び脅迫であり、本件フォーラムではこのような発言を放置するのかとの指摘がされたこと、<3> 被告Y2は、同 一覧表(二)記載の符号3、8の各発言については、これらが書き込まれた当日に、同 一覧表(一)記載の符号1、同 一覧表(二)記載の符号5及び11の各発言については、これらが書き込まれた翌日に、これらの各発言の問題点を指摘する発言を、被告Y1を名宛人とするかたちをとって、本件フォーラムの7番会議室に書込みを行い、さらに、右<2>の指摘に対しては、平成5年12月24日、当該発言は、原告が過去に行った行為に対する抗議の意味もあるから、これのみを問題とするわけにはいかない旨の説明をしたことが認められる。
 また、原告が、平成6年1月6日、被告Y2に対し、同 一覧表(二)記載の符号6ないし11の各発言につき、発言番号等を指摘したうえ、これらは原告に対する誹謗中傷であるので対処されたい旨の電子メールを送信したこと、平成6年4月21日に本訴を提起し、その訴状は、同月30日に被告Y2に送達されたことは、右一5において認定したとおりである。

 (2) そして、右認定事実によると、被告Y2は、<1> 別紙発言 一覧表(二)記載の符号3、8、9については、これらが書き込まれた当日(右各発言に対応する同 一覧表(二)の「年月日」欄記載の日)、同一欄表(一)記載の符号1、同 一覧表(二)の符号5、11については、これらが書き込まれた翌日(右各発言に対応する同 一覧表(一)又は(二)の「年月日」欄記載の日の翌日)の各時点で、<2> 同 一覧表(二)記載の符号6、7及び10については、平成6年1月6日の時点で、<3> 右<1>及び<2>以外の発言については、本件訴状副本送達の日である平成6年4月30日の時点までに、それぞれ、本件フォーラムに原告の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったものと認められる。

 (3) なお、被告Y2本人は、「本件各発言が書き込まれた当時、勤務先から大幅に仕事を軽減されており、本件フォーラムの運営・管理のため、職場に出勤する日は一日あたり5、6回、出勤しない日は10回以上、本件フォーラムにアクセスし、平均して一日あたり約八時間を本件 フォーラムのために費やしていた。また、本件フォーラムの電子会議室における発言は全てダウンロードし、会議室によっては流し読みをしたり、丁寧に読んだりという差はあったものの、目を通しており、注目している議論については、大体フォローできている状況にあった。」などと供述しているが、右供述のみでは、被告Y2が、右(2)の<2>及び<3>記載の各発言について、右(2)の認定より早い時点で、本件フォーラムに原告の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったと認めることはできない。

 (四)

 次に、被告Y2が、シスオペの地位と権限に照らし必要な措置をとったといえるかどうかについて検討する。

 (1) 別紙発言 一覧表(一)記載の符号1、同 一覧表(二)記載の符号3、5、8、9、11に対する対応について
 <1> 右一4(三)(四)において認定したように、被告Y2は、別紙発言 一覧表(一)記載の符号1、同 一覧表(二)記載の符号3、5、8、9、11についてはその発言後まもなく運営委員ないし会員から問題点の指摘を受け、又は同被告自ら被告Y1に対しその発言を注意を与えるなどして右各発言の存在及び内容を知っており、かつ、右一4(五)によれば、被告Y2は、右発言中に誹謗中傷を含むものがあり、かつ、ニフティ会員規約14条にも違反するものであると認識しつつ、右発言は討論により改められるべきであると考えながら敢えてこれを削除せずにこれを放置したものである。
 <2> そこで右措置の当否について考えると、原告に対する名誉毀損発言は、これがフォーラム内で批判されたからといってその発言内容そのものの違法性が減殺されるものではないし、本件フォーラムの特色が自由な議論にあり本件各発言に反論を行い得ることをもってその違法性に消長を来すものとはいえない。しかも、原告が自ら被告Y1の発言を削除することはシスオペの職責上、パソコン通信の制度上不可能であるから、被告Y2としては、当該発言を削除し、あるいはこれに向けた積極的な措置を講じるべきであったというべきである。ところが、被告Y2は、右<1>のとおり、原告から電子メール又は訴状によってこれらの発言の削除を求められるまで、右のような状況を解消するため、何ら積極的な措置をとらず、被告Y1に単に本件フォーラム上で注意をしただけで後記他の措置をとるまで一か月余りにわたりこれを敢えて放置したのであるから、被告Y2は、この間右(二)(4)にいう必要な措置を執るべき義務を怠ったというべきである。
 この点、被告Y2及び同ニフティは、原告からの指摘がない段階では被告Y2に作為可能性はない旨主張するが、右1(一)のとおり、右各発言については、原告に対する正当な批判の域を明らかに逸脱した個人に対する誹謗中傷であり、被告Y2はこの発言を具体的に認識していたという状況に照らすと、右主張を採用することはできない。
 また、被告Y2は、発言を削除しても再び同趣旨の発言を掲載したり、ID削除という措置をとっても再度別のIDを取得して同様な発言をすることが可能だから、このような措置は効果がない旨の主張をするが、問題発言は、これが削除されない限り、当該発言による名誉毀損状態が解消することはあり得ないのであるから、被告Y2の右主張も理由がない。

 (2) 発言 一覧表(二)記載の符号6、7、10に対する対応について
 <1> これらの発言について、被告Y2がその発言の存在を具体的に知ったと認められる平成6年1月6日以降に被告Y2のとった措置は、右一4(八)ないし(一二)のとおりである。
 <2> まず、被告Y2が、i 原告から指摘された発言について、その取り扱いを運営委員会に付議したこと、ii 同月9日に、原告に対し、発言削除に際しては、「原告からの訴えがあり、被告ニフティ(Y3)と厳密な法的検討をした結果違法性のある発言と認め削除する」旨付記するとの提案をしたこと、iii 右 ii の提案が原告によって拒絶された後、被告Y2が原告と接触し、平成6年1月20日に電話で話合いを行ったことについては、右(二)(3)のようなシスオペの立場、右一4(二)のよう な当時の本件フォーラムの状況に照らすと、原告の利益の保護と本件フォーラムの円滑な運営・管理という二つの要請を調和させるという観点からは是認し得なくもない対応であったというべきであるから、これらの点については、被告Y2において、必要な措置をとったものと評価できる。
 <3> また、右一4(一〇)のとおり、右<2>iiiの話合いの際、原告から、「信頼できる人に相談するので、その結論が出るまで発言削除は待って欲しい」旨の回答がされている以上、被告Y2においては、原告から再び接触があるまでの間は、これらの発言について積極的な対応は期待できないというべきである。そして、被告Y2は、右二4(一二)のとおり、原告代理人からの発言削除を求める書面を受預後、直ちにこれらの発言を削除する措置を行っているものであるから、この点についても、被告Y2は必要な措置をとったものと評価できる。
 この点、原告は、被告Y2が、原告から要請があったことは明らかにしないことを確約しなかったため、発言削除を待つよう要請せざるを得なかった旨主張するが、右(二)(3)のようなシスオぺの立場を考慮すると、右一4(一〇)のような被告Y2の対応を非難することはできないというべきである。

 (3) 本件各発言のうち、右(1)及び(2)の発言を除くものに対する対応について
 これらの発言について、被告Y2がその発言の存在を具体的に知ったと認められる平成6年4月30日以降の被告Y2の対応は右一5のとおりであるところ、右各発言について本件フォーラムの電子会議室の登録から外す措置をとったことが妥当であることは明らかである。また、この時点においては、被告Y2は、原告から訴えを提起され、訴訟の「被告」という立場に置かれるに至った以上、被告ニフティ(Y3)や、各訴訟代理人などと綿密な打ち合わせをしたうえ、具体的な対応を決定せざるを得ないものというべきであるから、被告Y2において、訴状の送達を受けてから、右各発言を本件フォーラムの電子会議室の登録から実際に外す措置をとるまでの間に、本件程度の時間的間隔があることをもって、被告Y2を非難することはできないものというべきである。したがって、右各発言については、被告Y2は、右(二)(4)にいう必要な措置をとったものというべきである。

 (五) まとめ

 以上のとおりであるから、別紙発言 一覧表(一)記載の符号1、同 一覧表(二)記載の符号3、5、8、9、11の各発言に対する対応については、被告Y2には作為義務違反があることになる。そして、作為義務違反が認められれば、少なくとも同被告に過失があったことが事実上推認されるものというべきところ、本件全証拠によっても、右推認を妨げるべき事情は認められないというべきであるから、右各発言に関しては、被告Y2にも原告に対する不法行為が成立するものというべきである。


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作成責任者:町村泰貴
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