目次主文当事者の主張裁判所の判断発言集

東京地裁平成9年5月26日判決

ニフティ名誉毀損事件第一審判決


3 被告Y2の主張

 (一) 予見可能性及び予見義務について
 (1) 予見の困難性

 <1> パソコン通信の歴史は浅く、そこで行動する人々の行動様式や行動原理は経済的合理性に基づかないことが多い。また、<2> 名誉毀損による不法行為では、損害の内容が人の社会的名誉であって、損害発生の予見は困難であるうえ、ネットワークにおいて、金残で填補されるにふさわしい社会的評価の低下があり得るかは不明である。さらに、被告Y2は、本件フォーラムで活動している者に関する情報として、書き込まれた文章、右文章が書き込まれた日時、ID番号、ハンドル名のみしか与えられてないうえ、一人で多数のIDを保有したり、一つのID番号を多数人が使用したりする者もいる。また、<4> 被告Y2の本件フォーラムヘの関与は留学していた期間をはさんで限定されていたこと、本件各発言は、同被告が留学から帰国して本件フォーラムのシスオぺに就任した一か月後から書き込まれたこと、同被告は、シスオぺを行うための実費用に満たない程度の報酬を被告ニフティ(Y3)から受け取っていたにすぎず、本業の傍ら、基本的にはボランティア的にシスオぺを行っていたことに照らすと、被告Y2に過重な予見義務を課すことはできないというべきである。以上のような事情に照らすと、本件において、被告太田が、損害発生を予見することは困難であったものというべきである。

 (2) 被告Y2が予測し得た損害

 右(1)のような困難な状況であったにもかかわらず、被告Y2は、被告Y1の書き込んだ発言による損害発生の危険性について、原告から電子メールで発言一覧表(二)の符号6ないし11の各発言につき対処を求められた直後に、本件フォーラムの運営会議室において討議をしたが、その結果、損害発生の危険の現実性、具体性、重大性はないものと予測された。

 (3) 常時監視義務を認めることの不当性

 仮に、原告主張のとおり、シスオぺにフォーラムを常時監視する義務を課すとすれば、右(1)のように、ボランティア的に行われているシスオぺの活動に基礎をおいている現在のパソコン通信等のネットワーク発展の芽を摘んでしまうことになりかねず、妥当ではない。  

 (4) 以上のとおりであるから、本件において、被告Y2には、損害発生の予見可能性及び予見義務はなかったものというべきである。

 (二) 結果回避可能性及び結果回避義務について

 (1) 右(一)(1)ないし(3)に照らすと、被告Y2に関して、結果回避可能性及び結果回避義務を明確に確定することは困難である。

 (2) 発言削除等の措置について

<1> 削除の無効性

  i ネットワークにおいては、発言を削除しても、同趣旨の発言を何度でも容易に書き込むことができること、一旦書き込まれた発言は、極めて短時間のうちに多くの者にダウンロードされ、それが電子会議室等から削除された後も、ダウンロードした者から電子メールやフロッピーディスク等で流布されることも多いことに照らすと、問題発言に対する対処としては、発言削除は有効なものではない。また、ii 問題発言を書き込んだ者のフォーラムヘのアクセスを停止する措置(会員削除)も、当該会員において他のフォーラムに同趣旨の発言を書き込むことが可能なこと、同一人が他のID番号でフォーラムに入会して同趣旨の発言を行うことも可能なこと、本件フォーラムでは、当時、フォーラムの会員でなくとも発言を書き込むことができたこと等に照らすと、問題発言に対する対処としては有効な方法とはいえない(なお、被告ニフティ(Y3)が当該会員のニフティサーブの会員としての資格剥奪する措置(ID削除)をとったとしても、当該会員が氏名・住所等を偽って新たなIDを取得したり、同趣旨の発言を他の会員にさせることも容易なこと、他のネットワーク上に同趣旨の発言を書き込むことも可能なことに照らすと、有効な対処方法とはいえない。)。

<2> シスオぺにとっての発言削除の危険性

 i 被告Y2は、被告ニフティ(Y3)に対し、ニフティサーブの会員の権利を最大限尊重する義務を負うとともに、電気通信事業法上、ニフティサーブの利用者が書き込んだ発言等を伝達する義務を負っているが、みだりに発言削除を行うと、このような義務に違反する危険性がある。なお、被告Y2のように、思想を扱う本件フォーラムのシスオぺとしては、憲法に規定されている表現の自由や適正手続の要請をできるだけ尊重せざるを得ないという事情もある。また、ii シスオぺが発言の記載内容を監視し、これを削除するなど通信内容への関与を強めると、それが、雑誌・新聞などの編集と同等の行為とみなされ、通信内容すべてについて不法行為等の責任を負わされる危険性も生じる。

<3> 被害を主張する者にとっての危険性

 i フォーラムにおいては、ある発言によって誹謗された者が、その発言を発言者が削除できないように自ら当該発言にコメントをつけたうえで反論をすることさえあるところ、発言削除はこのような反論の機会を奪うことになる。また、ii 発言削除は、被害を受けたと主張する者が、訴えの提起等などのために必要な証拠を失わせる危険性も生じさせる。さらに、iii 発言削除が契機となって、脅迫等の実生活上の被害が生じる危険性や、同趣旨の発言が当該フォーラムや他のフォーラム等に繰り返し書き込まれるなどかえって被害が拡大する契機となる危険性がある。

<4> 会員規約、フォーラム運営契約、運営マニュアルの解釈

後記4(一)(2)の被告ニフティ(Y3)の主張を援用する。

 <5> 以上のとおりであるから、被告Y2に、発言削除等による結果回避可能性及び結果回避義務はない。

 (3) 発言の「一時預かり」について

 右(2)のような事情は、シスオぺが「一時預かり」等の名目で発言の送信を停止する措置をとる場合にも、仮処分手続における立担保制度のように一時的に不利益処分を受ける者の損害を担保する制度が整っているか、不利益処分を受ける者の約得を得たうえで実行する場合で最終判断について明確な手続保障があるとき以外はあてはまると解される。したがって、本件において、被告Y2に、いわゆる「一時預かり」による結果回避義務もない。

 (4) 強権的な指導の無効性

 被告Y2が、原告に対し、本件フォーラムの会員を指導すべき義務を負う法的根拠はないうえ、当時、被告Y2が、強権的な指導を行えば、これによって、被告Y1が反発し、さらに問題発言を書き込む危険性が大きいことは、被告Y1が書き込んだ発言等からみて明白な状況にあった。

 (5) 問題発言に対するシスオぺの対処について

 確立された基礎理論もない電子的なネットワークの世界で、現行法の要請を満たし、フォーラム運営者としての責務を果たしながら、会員の人格を守るためには、シスオぺとしては、自己の運営・管理するフォーラムの特性と会員の個性とを把握し、自らの経験に基磋をおいた手法をもって対処していくしか方法はない。被告Y2は、このような観点から、シスオぺ就任に際して本件フォーニフムの過去の書き込みを検討し、フォーラムの現状が罵倒に満ちた憂うべきものであることを知り、思想を論ずる場のあり方を模索し、会員との対話によって多くの会員の個性をつかむとともに、フォーラム運営に自己の教育学者としての経験を生かせそうな途として、ぎりぎりまで発言削除は避け、会員と公開の場での議論を積み重ね、会員の意識を変えることによって、他人を罵倒するような発言が多数書き込まれるような本件フォーラムの状況を根本的に改善することをフォーラム運営の基本方針として採用したものである。そして、このような被告Y2のフォーラム運営は、着実に成果を上げているものである。

 (6) 以上のとおりであるから、原告が主張するような発言削除や発言者に対する「指導」では結果回避可能性があるとはいえないし、また、本件では被告Y2に結果回避義務違反もない。

(三) 本件各発言の不法行為性の認識
(1) 本件各発言の不法行為性

 右2における被告Y1の主張を援用する。

(2) 不法行為性の認識

 被告Y2が原告に対し法的責任を負担する前提としては、単に問題発言が書き込まれたことを認識したというだけでは不十分であり、不法行為の要件が全て備わっていることの認識が必要であるというべきである。

<1> 違法性の認識について

 i 原告は、本件フォーラムにおいては通常会員がアクセスできない運営会議室へのアクセスが許され、かつ、フリーフラッグが付与されていたなど、かつては「運営者側」にあった看であり、また、生涯学習フォーラムのフェミニストフォーラムにおいては「運営者」としての地位にあった。このような地位にあった原告については、その運営者としての言動が批判にさらされるのは当然であるし、原告の言動にその思想が顕著に反映している以上、その思想の源泉である原告の人格に批判が及ぶこともやむを得ないことである。

 ii 本件各発言は、a 原告が「朝鮮・部落は怖い」と発言したことに対する非難、b 妊娠中絶に対する批判、c フェミニストフォーラムの運営に対する批判、d 原告がアメリカに在留期限を超過して滞在したことに対する非難、e 原告が、被告Y1のプライバシーを暴露したことに対する非難をその柱としている。そして、aについては、原告の本件フォーラム上における発言に照らし、原告が右のような発言をした可能性がないとは断定できなかったこと、bについては、原告が書き込んだ文章の中で自ら明らかにしていた事項に対する異なった立場からの批判と理解できること、cについては、右 i のような公的立場にあった原告に対する正当な批判と理解できること、dについては、被告Y1の主張どおり原告が自ら書き込んだ文章の中で語っているとしたら、この発言が違法とは断定できないこと、eについては、これが事実とすれば、このような行為を被告Y1が非難し得るのは当然であり、右iのような原告の地位からすれば、名誉毀損にあたらないことが明らかであることに照らすと、これらの本件各発言をいわゆるフェア・コメントと理解することも可能であったものというべきである。

 iii したがって、被告Y2には、違法性の認識はなかったというべきである。

<2> 損害の認識について

 右(一)(1)及び(2)のとおり、被告Y2には、本件各発言によって原告に損害が発生するとの認識はなかった。

  (四) 本件各発言に対する被告Y2の対応の妥当性

後記4(四)の被告ニフティ(Y3)の主張を援用する。

 (五) まとめ

 以上のとおりであるから、被告Y2に対する原告の請求は失当である。


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作成責任者:町村泰貴
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