目次主文当事者の主張裁判所の判断発言集

東京地裁平成9年5月26日判決

ニフティ名誉毀損事件第一審判決


4 被告ニフティ(Y3)の主張

 (一) 被告Y2の作為義務の不存在(使用者責任に基づく損害賠償請求等について)

 (1) 原告の右1(二)及び(三)(1)の主張は、被告Y2が、会員に対して、発言削除等の作為義務を負うことを前提とするものであるが、シスオペに右のような義務を負わせる法令、契約及び慣習は存在せず、条理によってシスオペに右のような義務を負わせるのも法的安定性を害し妥当ではない。また、被告ニフティ(Y3)が会員に対して安全配慮義務を負わず、被告Y2がその履行補助者の地位にあるとはいえないことは後記(二)のとおりである。

 (2) 会員規約(本件各発言当時のものは乙4)、フォーラム運営契約書(丙1)、運営マニュアル(丙2)においては、被告Y2のようなシスオペに、フォーラムの運営・管理については広範な裁量権が与えられており、シスオペに対し、被告ニフティ(Y3)との関係においても右(1)のような作為義務を負わせる根拠となるものはない。

 (3) 本件フォーラムは、現代思想上の議論を中心とする場であるが故に、攻撃的色彩のある発言がされるのは日常茶飯事であり、被告Y2がシスオペに就任した平成5年11月当時は、多かれ少なかれ問題性のある発言を全て削除するとすれば、全発言の三分の一ないし半分程度までがその対象となるという状況であり、また、軽卒に一方の立場に立っての発言削除は困難で、そのことを無視してシスオペが一方的に発言削除を行えば、たちまちにして大議論が始まり、シスオペが槍玉に挙げられることは容易に予想されることであった。被告Y2は、シスオペとして、強権発動である発言削除はかえって右のような本件フォーラムの混乱状況を激化させがちであると考え、むしろ各紛争の当事者に徹底した議論を行わせ、発展的かつ根本的に紛争を解消させるというフォーラム運営方針をとっていたものである。そして、右のような方針の合理性は、被告Y2のフォーラム運営の結果、本件フォーラムにおいては問題発言が大幅に減少したことから裏付けられるものである。

 (4) 以上のとおりであるから、本件フォーラムのシスオペである被告Y2は、会員に対し、原告主張のような作為義務を負うものではない。

 (二) 被告ニフティ(Y3)と被告Y2の間の指揮監督関係の不存在 (使用者責任に基づく損害賠償請求について)

 運営マニュアル(丙1)の記載からも明らかなように、被告ニフティ(Y3)は、ニフティサーブにおけるフォーラムの運営・管理に関しては、被告Y2のようなシスオペに広範な裁量権を与え、その自主的な判断に委ねている(そして、各フォーラムはそれぞれ極めて多様な個性・特色を有しており、このようなフォーラムの独自性を最も把握しているのは当該フォーラムのシスオペであると考えられること、300以上も存在するフォーラムの運営・管理の全てを被告ニフティ(Y3)が行うことは不可能であることに照らし、このような運営方針は極めて合理的というべきである。)。例えば、各フォーラム毎のローカルルールについてはシスオペが独自に決定するのが原則であるし、どのような発言をどのような手続を経て削除するかの判断についてもシスオペらが決定することになる。したがって、被告ニフティ(Y3)と 被告Y2の間には、使用者責任の前提となる指揮監督関係は存在しないというべきである。

 (三) 被告ニフティ(Y3)の原告に対する安全配慮義務の不存在 (債務不履行に基づく損害賠償請求について)

 原告が、右1(三)(2)<1>で主張する諸事情は、原告主張の安全配慮義務の根拠となるものではない。そもそも、被告ニフティ(Y3)と会員との間の会員契約は、会員契約を基礎とし、同被告が会員にニフティサーブを利用することができる権利を与え、その対価として、当該会員が同被告に対し、一定の利用サービス科を支払うことを主旨とするものであるから、これに基づく付随的義務が同被告について観念されるとしても、あくまで、利用者たる会員が自由に情報を提供し、円滑に情報を取得することができるよう配慮するという観点からの義務であって、通信行為自体とは関係のない会員名誉等の利益保護の義務まで課されるものとは考えられない。

 (四) 被告ニフティ(Y3)及び同Y2の具体的対応の妥当性 (使用者責任及び債務不履行に基づく請求について)
 (1) 原告から被告ニフティ(Y3)あての最初の電子メールが届く以前(平成5年12月29日まで)

 本件フォーラムには20の電子会議室があり、一日あたりの発言は合計で平均4万5000字以上にのぼること、右(一)(3)のような本件フォーラムの状況に照らすと、被告ニフティ(Y3)及び同Y2には、この段階で積極的に問題発言を探知し削除するような作為義務はなく、また、法律の専門家でない同被告らにおいては、具体的に削除を求める発言を特定した発言削除の要求がない限り、発言削除の作為可能性もない。したがって、この段階で、同被告らが責任を負うことはない。

 (2) 原告から被告ニフティ(Y3)が初めて誹謗中傷発言の存在可能性を指摘され、初期対応をした期間(平成5年12月29日から平成6年1月6日まで)

 <1> 被告ニフティ(Y3)の担当者である小泉は、年末年始の休み明けの平成6年1月4日に原告からの最初の電子メール(甲35)を読み、原告に対し、フォーラムの運営は基本的にシスオペに一任しているので直接発言者に対応するか、まずシスオペに相談するようにとの回答を行うとともに、被告Y2にも連絡を取ったが、これは、フォーラムの自主性を尊重するというニフティサーブの運営方針に基づく合理的なものであって、何ら違法性はない。

 <2> また、被告Y2は、平成6年1月6日に、原告から具体的発言を指摘して、対処を求める旨の電子メール(甲39)の送信を受けると、直ちに、これらの発言の取り扱いについて、本件フォーラムの運営委員会に付議したものであり、このような被告Y2の対応は合理的なものである。なお、右電子メールが送信される前の時点において、被告Y2に積極的な作為義務も、発言削除の作為可能性もなかったことは、右(1)の時点と同様である。

(3) 原告から被告Y2が誹謗中傷発言とされる発言の削除を求められ、それに対する対応を検討し、原告に提案した期間(平成6年1月7日から9日まで)

 <1> 被告Y2は、原告から指摘を受けた各発言の取り扱いについて本件フォーラムの運営委員会で三日問にわたって極めて慎重な議論を行ったうえ、平成6年1月9日、原告に対し、原告に発言を読んでもらって具体的に指摘を受けた部分についてニフティと協議したうえ削除が妥当と認められた場合には、原告からの訴えがありニフティと法的検討をした結果であることを明示して削除するとの提案を行ったものであるが、右のような被告Y2の提案は、i 原告自らが発言の問題性を判断することが最も選択に遺漏がないと考えられること、ii 尖鋭的な議論の対立が日常茶飯事である本件フォーラムの特質に鑑み、指摘もない段階で発言削除を行うことは非常に困難と考えられたこと、iii 右のような本件フォーラムの特質や本件フォーラムの過去の状況からすると、シスオペが発言を一方的に削除した場合には他の会員からの強い反発を招くことが予想できたことに照らすと、右発言を直ちに削除しなかったからといってもなおシスオペとして発言削除に向けた適当な措置をとっていたといえる。また、運営委員会における議論中は、発言削除を行わなかったからといって、被告Y2が責任を問われる余地はない。

 <2> また、この時点において、被告ニフティ(Y3)は、フォーラムの自主性を尊重するという合理的な運営方針に沿って、被告Y2に対応を委ねていたものであるから、被告ニフティ(Y3)についても、責任を問われる余地はない。

 (4) 原告と被告ニフティ(Y3)及び被告Y2の間で、右提案の修正について交渉がされた期間(平成6年1月10日から20日まで)

 この期間においては、被告Y2が右(3)のような合理的な提案をしているにもかかわらず、原告がこれを拒絶したために、発言削除ができない状況に陥ってしまったものであり、このような状況下において、被告ニフティ(Y3)及び同Y2が発言を削除することは到底不可能である。したがって、右両被告に責任は生じない。

 (5) 右提案に対する原告からの回答待ち期間(平成6年1月21日から2月14日まで)

 被告Y2は、平成6年1月20日、原告と電話で約一時間にわたって話合をした際、原告から発言削除を待つよう告げられたため、この期間中は、原告から何らかの回答があるものと期待して発言削除を留保していたものであるし、被告ニフティ(Y3)の担当者も、被告Y2からその旨説明を受けていたものである。したがって、この期間に被告らが被告Y1の発言に対する対応をしなかったことをもって、被告ニフティ(Y3)及び同Y2に責任は生じない。

 (6) 原告からの要望書(甲一の1)を被告ニフティ(Y3)及び被告Y2が受領し、これに対する対応を行った期間(平成6年2月15日から3月18日まで)

 平成6年2月15日、原告代理人から被告ニフティ(Y3)及び被告Y2に対し、原告の名誉を毀損する発言の削除、被告Y1の住所氏名の開示を求める書面が送付されたが、被告Y2は、右書面を受預後、直ちに本件フォーラムの運営委員会において対応を協議し、即日、指摘を受けた発言については削除したものであり、このような被告Y2の対応は妥当である。また、この時点で指摘を受けていなかった発言について削除しなかったからといって、被告ニフティ(Y3)及び同Y2が責任を負うことはないことは右(1)と同様である。

 また、被告ニフティ(Y3)が、被告Y1の住所・氏名を開示するようにとの原告の要求に応じなかったことについても、被告Y1は紛れもなく通信の当事者であるのに対し、原告は、少なくとも問題とされる発言については通信の当事者ではあり得ないのであるから、電気通信事業法104条に違反するおそれが極めて高いのであって、右のような被告ニフティ(Y3)の対応は、通信の秘密の観点からはやむを得ない判断であり、違法性は皆無である。

 (7) 原告が本訴を提起し、訴状において新たに指摘された発言に対する対応がされた期間(平成6年4月21日から5月25日まで)

 被告ニフティ(Y3)及び同Y2は、訴状の送達を受けて初めて、右(6)で削除した発言以外の発言に関する削除要求を認識したものであるところ、平成6年5月25日には、これらの発言を本件フォーラムの登録から外している。訴状の送達を受けてから発言を登録から外すまで若干の時間はあるが、これは、訴訟方針の決定作業との関連によるものであるから、何ら問題とされる余地はないものというべきである。したがって、この点についても被告ニフティ(Y3)及び同Y2が責任を負うことはない。

 (五) まとめ
 以上のとおりであるから、使用者責任又は債務不履行に基づく原告の被告ニフティ(Y3)に対する請求は失当である。
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作成責任者:町村泰貴
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