目次主文当事者の主張裁判所の判断発言集

東京地裁平成9年5月26日判決

ニフティ名誉毀損事件第一審判決


2 被告Y1の主張

 (一) 本件各発言についての違法性の不存在

 (1) ある言動が人の社会的名誉を低下させるものか否かの判断にあたっては、事実摘示の程度、公益性、行為者とその対象となった者との関係、行為時の状況・手段等を検討して、法が名誉毀損として類型的に予定した程度の違法性を具備するかどうかを検討しなければならず、また、類型的には他人の社会的名誉を毀損するものと考えられる場合でも、かかる行為が、真実を公表するものであって、その他人の行った言動に対する反論、弁明としての自己の権利・名誉の擁護を図るものであり、かつ、その他人の行った言動に対比して、その方法、内容において相当と認められる限度を超えない限り、違法性を欠くものと解するのが相当である。

 (2) 本件各発言がされるに至った経緯

 <1> 被告Y1は、平成5年4月ころ、妻のIDを用いて本件フォーラムに入会したが、右当時、原告は、本件フォーラムに設置されていたフェミニズム会議室において、リアルタイム会議(RT会議。同一フォーラム内に同時にアクセスしているニフティの会員が複数で会話を交わすことがでやる機能。)を主宰するRT要員(リアルタイム会議において、会員相互の会話を盛り上げるため、運営に協力する会員。)という公的地位にあり、被告ニフティからフリー・フラッグ(FF。特定のフォーラムヘのアクセス中はニフティサーブの使用料金が課されない課金免除の地位を表す標識。)を付与されていた。

 <2> フェミニズム会議室は事実上原告を中心に運営されていたところ、そこでは、原告及び原告と親しい会員(以下「原告ら」という。)の考える「フェミニズム」に異を唱えた会員に対しては、その意見を認めず、最終的には対話を拒否するという運営が事実上されていた。被告Y1は、原告らが考える「フェミニズム」及び原告らが行っていた右のような運営のやりかたを批判したところ、主として原告のシンパである会員から猛反発を受けた。

 <3> 平成5年5月7日、被告Y1が、本件フォーラムのリアルタイム会議に参加していたところ、RT要員としてこれを主催していた原告が、他の参加者に呼びかけ、スクランブル機能(スクランブルモードにすることによって、スクランブルモード及びパスワードを知っている特定の会員のみしかアクセスすることができないようにする機能。)を用いて、被告Y1を、リアルタイム会議に参加できないようにした(この出来事を、以下「スクランブル事件」という。)。また、原告は、平成5年5月中旬、本件フォーラムのリアルタイム会議において、被告Y1が、以前勤めていた職場において原稿料のことでもめごとをおこした旨の書き込みをして、被告Y1のプライバシーを暴露した。さらに、 原告は、そのころ、本件フォーラムに、「部落は怖い。」との書き込みをた。

 <4> スクランブル事件に関して、原告は、多数の会員から批判を受けたが、右批判に対し、原告は、自分は一般会員であるから、気の合う人だけで話すためにやるスクランブルは正当であるとの弁明を行った。しかしながら、原告がリアルタイム会議の主宰者であることは一般に知られていたため、右弁明によって原告への批判はさらに強まった。そのためか、原告は本件フォーラムからの撤退を表明したが、その後の平成5年10月ころ、原告は、本件フォーラムに、「朝鮮は怖い。」旨の書き込みをした。

 <5> 平成5年11月中旬、原告が運営責任者となって、生涯学習フォーラム(FLEARN)の中にフォーラム・イン・フォーラム(FinF。一つのフォーラム内に独立したフォーラムが設置されるもので、いわば通常のフォーラムに昇格する前の準備段階的なもの。)の形式でフェミニストフォーラム(FFEMI)が設置された。フェミニストフォーラムにおいては、ローカルルール(フォーラム利用者に対して、当該フォーラムのみで適用される利用方法や発言方法、発言の削除を含む保守管理に関するルール)によって、あらかじめ発言の内容が拘束されており、事実、原告の考える「フェミニズム」に批判的な書き込みは、一方的に削除されるという運営がされていた。

 (3) 被告Y1が本件各発言を書き込んだ趣旨
 被告Y1は、<1> 前記のように本件フォーラムの運営協力者であり、かつ、フェミニストフォーラムの運営責任者という公的地位にあった原告が行ったフォーラムの運営方法や、原告の運営責任者としての資質といぅいわばフォーラムにおける公共的な問題に対する批判、<2> 原告が本件フォーラムに「部落は怖い。」「朝鮮は怖い。」との書き込みをしたことに対する抗議・反論、<3> 原告が考える「フェミニズム」「フェミニスト」に対する思想的な批判を目的として本件各発言を書き込んだものである。そして、本件各発言より以前に、他の会員からされた穏便な方法による原告批判が全く効果を現さなかったために、被告Y1の発言は、多少激烈な修辞を用いたスタイルにならざるを得なかったものである。

 (4) さらに、本件においては、次のような事情も考慮されるべきである。

 <1> パソコン通信及びコンピュータネットワーク(以下、「ネットワーク」という。)においては、会員に関しては、通常、ID、ハンドル名、書き込んだ日時、文章自体の四つの情報以外は明らかでなく、また多くの会員が、実社会とは別の人格としてふるまい、複数のIDを取得して複数の人格を演じる者もいる。したがって、ネットワーク上において、名誉毀損の前提となるその人の社会的評価というものを観念できるかは疑問である。

 <2> また、ネットワーク上に社会的評価を低下させるおそれがある発言が書き込まれたとしても、これに対しては容易に反論して社会的評価の回復を図ることが可能である。また、書き込まれた発言を読む他の一般会員は、当該発言自体が直ちに社会的評価に影響を及ぼすものとは考えず、むしろ、反論、批判こそが重大関心事であって、それらの反論、批判をも考慮して、当該発言の正確を判断するものである。これらのような事情は、会員相互で論争をしながら現代社会の問題や思想的課題に取り組むことを目的とした本件フォーラムのような場においては、最も顕著に表われるものである。

 <3> さらに、本件各発言は、現代社会と思想を扱う極めて特徴のあるフォーラムである本件フォーラムに書き込まれたものである。

 (5) 以上のような事情を総合すると、被告Y1が行った本件各発言は、いずれも、法が名誉毀損として類型的に予定した程度の違法性は有しないものと言わざるを得ない。

 (二) 原告の精神的損害の不存在

 原告は、<1> 平成6年4月5日発行の雑誌に掲載された座談会において、実名でパソコン通信上の名誉毀損問題について自ら体験を語っていること、<2> 本訴提起に際し、各種マスコミに対し記者会見を行い、本件各発言(甲6ないし32)の写しを配布していること、<3>「婦人新聞」平成6年6月25日号に実名(全身の写真付き)で登場しており、記事の中には被告Y1の発言の一部が具体的に引用されていることに照らすと、本件各発言によって、原告が精神的損害を被ったことはないものというべきでる。

 (三) まとめ
 以上のとおりであるから、被告Y1に対する原告の請求は失当である。

総目次に戻る
次に進む

このページにつきまして、ご意見などございましたら、 メールにてお願いします。
作成責任者:町村泰貴
T&Vのホームページ