目次主文当事者の主張裁判所の判断発言集

 東京地裁平成9年5月26日判決(ニフティ名誉毀損事件第一審判決)に付属の発言一覧集について、その掲載意図を説明します。

 この判決文公開の意図は、電子ネットワークの情報流通のあり方を考える上で不可欠な資料と考えるからでありました。判決に対して批判するにせよ、肯定するにせよ、判決の内容が分からなければ話は始まりませんし、少なくとも名誉毀損の成否について検討するためには被告Y1の発言内容が明らかになることが不可欠です。
 そこで、当初は発言集全文を掲載することも考えたのですが、妻の反対もあり、必要性を勘案し、かつ原告のプライバシーをさらに侵害する結果を避けるため、婚姻歴や海外滞在歴などを具体的に指摘している部分を省略して掲載しました。

 ところが、掲載した旨を告知した直後、前からニフティで知り合いだった方から、大要以下のような指摘が寄せられました(二度のメールを統一)。

(要約は専ら町村による)

 この指摘を受けて、もっともな一面もあり、迷いました。そこで一時発言集は待避させ、検討期間をいただいたのですが、結論としては若干の省略部分拡大の上、再度、掲載することとしました。その理由は以下の通りです。

 まず批判者のいうセカンドレイプの危険を避けるべき点は、尊重に値します。原告が一連のやりとりの中でいたく傷ついたであろうことは想像に難くないですし、それに追い打ちを掛けるのは厳に批判されてしかるべきです。
 しかし他方、この判決の検討の必要性はネットワーク関係の法制度を考えるに当たって極めて高いと考えられます。上記の批判者は、名誉毀損の成立自体に問題はないのではないかと指摘されますが、本件発言が名誉毀損を構成するかどうか、そしてそれがパソコン通信上ではどうか、さらに特定のFSHISOのフェミニズム会議室の場ではどうだったのかという点は、本件の大きな争点の一つです。この判断を吟味するためには、発言一覧表は不可欠でしょう。罵倒の表現も、それが発せられた環境との相対的な関係で評価されるべきで、判決が行っている法的評価の当否を検討するには原文の水準と当該会議室のログとの比較検討が必要になってきますから。

 結局のところ、公開回避の要請と公開のメリットとは、いずれか一方をとるわけにはいかず、ここでは両者の利益を比較衡量し、妥協点を見いだすことが必要であろうと思います。その妥協点として、原告のプライバシーの二次的な暴露を防止するために匿名とし、かつ婚姻歴や海外滞在歴などの言及を省略した状態で掲載するという、当初の方針がやはり妥当ではないかと考えたわけです。
 判決にきちんとした検討を加えるためには、省略を加えたことも問題であり、また判決が掲げた発言のみでは不十分かもしれません。他の参加者の発言や原告の過去の言動なども評価に加える必要もあるでしょう。しかし他の発言を斟酌する必要性があるとしても、その資料は判決を検討する者の責任において探索すべきもので判決の掲載自体とは関係しません。省略を加えたことは確かに問題ですが、公開すべきでない情報の保護の要請との妥協としてやむを得ないものと考えます。ついでにいうと、パターナリズムではないかという批判も甘受します。

 以上のほか、証人等の実名は不利益をもたらしうる情報開示とは思えませんので、問題が生じたら対処するということに止めさせていただきたいと思います。

 最後に、生の判決を開示するより研究者が情報を整理して提示すべきではないかという点と判決の生読みで偏見や裁判に訴えたこと自体非難される恐れがあるという意見も寄せられていますが、確かにそうした危険は隣人訴訟の例を持ち出すまでもなく否定できませんね。
 判決の読み方などについての解説が必要な読者がいることは間違いないですが、自ら資料を読んで判断するという方法は研究者のみに許されるべきものではなく、この問題に関心を抱くすべての人に認められるべきです。
 そして判決を直接読むかどうかはともかく、こうした裁判の存在と、当該発言に対する裁判所の判断をネットワーク参加者が知り、その当否を自ら考えて、法に対する認識を深めていってもらいたいと思います。そうやってはじめて、裁判自体を非難するような姿勢が是正される可能性があるでしょう。
 そのためには、情報を隠すことではなく、なるべく多くの情報を開示することこそが必要なことであります。


 以上、長文におつきあいいただきまして、有り難うございました。 このページにつきまして、ご意見などございましたら、 メールにてお願いします。


作成責任者:町村泰貴
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