目次主文当事者の主張裁判所の判断掲示内容

神戸地裁平成11年6月23日判決

掲示板プライバシー侵害事件判決


四 被告の主張

1 争点1(本件掲示行為の違法性の有無)について

 (一) 個人情報の公開について

(1) そもそも、原告は開業医であるから、自らが医者であることや、どの医師会に属しているかといったことは、原告の診療所において公開されているのが通常であるし、また、医師会ではそのような情報は電話でも簡単に応答してくれるのであって、これらは秘匿性のない情報である。
 また、本件個人情報は、いずれも原告自ら電話帳に拡大広告して公開掲示しているものであつて、原告の自宅の電話番号や生年月日、その他の原告が知られたくない私的な情報を含むものではない。
 したがって、本件掲示行為は、原告のプライバシーを侵害するものとしての違法性はない。

(2) 原告が前提とする個人情報の定義は、通産省の「民間部門における電子計算機処理に係る個人情報の保護についての指針(改正案)」に基づくものであるが、この指針は、ホスト電算機を設置した者に対する個人情報の取扱指針案にすぎず、被告のような利用者の義務を定めたものではない。
 また、原告が広告を掲載した分を含む、全国の電話帳の電話番号は、数年前から一枚のCD−ROMに全て収められ、それがあれば、どのような検索も可能になっているから、本件個人情報中の電話番号が、地域電話帳にだけ記載されているから秘匿性があるがごとき主張は、原告の詭弁に過ぎない。
 さらに、原告はIDさえ秘匿性のある個人情報であると主張するが、それはニフティのようなホスト側(中核基地局)の管理指針であって、利用者は、ID、氏名及び住所地を公開しなければ、基地局であるニフティでは、発言ないし掲示板への書き込みもできないのであるから、原告や被告のような利用者からみれば、個人のIDが稀匿性のある個人情報であるということはできない。

(二) 被告のID剥奪等について

(1) 被告は、本件掲示行為後も、ニフティのIDを剥奪されていない。もし、被告が原告主張のように故意に原告の個人情報を暴露したのであれば、被告のIDは即座に剥奪されているはずであるが、そのような事実は存在しない。
 なお、被告は、ニフティよりID使用の一時亭止処分を受けたが、その理由は、原告本人を含む数名から、本件掲示行為についてニフティに対する抗議があったためであり、ニフティはホスト側として個人情報の取扱には神経質にならざるをえないため、ニフティの担当者が、被告に対し「貴方は電子メールを転載されただけですが、何分多くの抗議センターメールが送信されたため、ご辛抱下されたい。」と説明の上、やむなく被告のIDの使用を一時停止したに過ぎない。それゆえ、本来、不法行為を行った者に対するID使用の一時停止処分の期間は一年(結局無期限)が通例であるところ、被告に対する右処分は、わずか四カ月であった。また、不法行為に該当する行為をした者については、その全てのIDに対して処分が行われるのが通列であるところ、被告は右処分を 受けたID以外にも複数のIDを所持していたが、他のIDについては何らの処分も受けていない。

(2) そもそも、ニフティは会員が掲示する個人情報らしき掲示については、それが一般法規に反するものかどうかの判断をする義務はないとして、一律にID剥奪を行うが、ニフティにおける規則と一般法規とは当然異なるものであり、原告のこの点に関する主張は失当である。

(三) 被告の本件掲示行為の経緯について

 被告は、平成9年1月31日、本件掲示内容と同じ内容の意味不明な電子メールをニフティ経由で受信した(以下、電子メールを「メール」という。)。
 このようなメールが来た理由が気になっていた被告は、平成9年5月17日、掲示板に、尋ね人の趣旨で、本件掲示をしたものである。
 また、被告が、掲示板上に掲示された原告の記事を読んだことはほとんどなく、被告は原告に全く関心がなかったので、本件訴訟が提起されるまで、原告が当時掲示板上で行われていた論争において対立するグループの一員であったことなど当然知らなかった。さらに、被告と原告とが掲示板上で罵倒しあったことなどは一切なかった。

(四) 以上の点からして、本件掲示行為が不法行為を構成することはありえない。また、被告に原告に対するプライバシー侵害の故意もなかった。

2 争点2(本件掲示行為による原告の損害の有無・程度)について

(一)被告の本件掲示行為と、原告主張の損害との間に相当因果関係が認められないことは、右1(1)(2)の事情から明らかである。

(二) さらに、パソコン通信において使用されるハンドル名については、例えば、漢字の「一郎」と片仮名の「イチロ」、平仮名の「いちろ」とは別人であると認識されるところ、被告は、原告が「雷鳥」であると漢字で掲示したのに対し、原告が実際に使用していたハンドル名は「らいちょう」と平仮名であり、この「雷鳥」と「らいちょう」とは同一人物であるとは認識されないから、被告が本件掲示行為によって原告が「雷鳥」であると掲示しても、それと原告が実際に使用していた「らいちょう」とは結びつかない。
 したがって、本件掲示行為により、原告主張のように対立するグループからの悪戯電話を原告に集中させることなどできない。

(三) また、原告は、本件掲示行為時以前から、原告が他人を誹誘罵倒する内容の記事を掲示板に掲載していたことによって、不特定多数の者から悪戯電話を架けられており、本件掲示行為と原告に架けられた本件掲示行為直後の悪戯電話との間には相当因果関係がない。

(四) 本件個人情報は、その内容自体、原告が医者であることや原告の診療所の場所、電話番号などを明らかにするものにすぎないし、それらが既に公開済みであることからしても、本件掲示行為は、原告の信用を何ら毀損しない。
 また、原告が体調を崩し内科医の診察を受けたのは、風邪のせいに過ぎない。

3 争点3(過失相殺)について

 被告が本件掲示行為以後に知ったことであるが、原告は、ハンドルネームを掲示板上では「らいちょう」と称しており、最近では「PUITY」とも称しているようであるが、原告が掲示板に掲示した記事のほとんどが他人の掲示に関する中傷罵倒を主たる内容とするものであった。
 また、原告は、ニフティの個別会員に対しては、「I」(原告の妹)なる送信者名で、中傷罵倒を内容とした電子メールを本件掲示行為以前から送信していた。
 したがって、仮に被告の本件掲示行為が原告のプライバシーを侵害するものとして違法であるとしても、原告には原告主張の損害の発生及び拡大について過失があったというべきである。


総目次に戻る
次に進む

このページにつきまして、ご意見などございましたら、 メールにてお願いします。
作成責任者:町村泰貴
T&Vのホームページ