目次主文当事者の主張|裁判所の判断|掲示内容

神戸地裁平成11年6月23日判決

掲示板プライバシー侵害事件判決


第三 争点に対する判断

一 争点1(本件掲示行為の違法性の有無)について

1 証拠(甲7、乙1ない(sic)3、7の1・2、8の1・2、9ないし13、原告、被告)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、ニフティの会員として、自己の氏名や「らいちょう」や「雷鳥」のハンドルネームで、掲示板等を日常的に利用していた。その際、原告は、妹のIDを使用したこともあった。
 他方、被告も、ニフティの会員として、複数のIDを使用して日常的に掲示板を利用していた。

(二) ネット上では、一般に個人の氏名だけが公開され、その氏名やハンドルネームで発言を行い、それ以上の個人情報は公開されない扱いであった。

(三) 原告は、平成8年末ころから、自己の意見や雑感等を掲示板に掲載したり、他のニフティ会員にメールで送るなどしていたが、その中で、K・M子(以下「K」という。)に対して、「気違いM子」、「馬鹿女」などという侮辱的な表現を用いるなどして、中傷、罵倒するような内容のメールを送ったりし、他の会員の中には、そのような原告の態度に反発する向きもあった。

(四) 被告は、本件掲示行為前から、Kとメールのやり取りをし、Kから、原告が作成した右のようなメールこ対する対処方法を相談されていた。また、被告は、本件掲示行為前、原告から直接、原告の氏名と「らいちょう」というハンドル名とが併記された通信文を受け取ったことがあった。そのような状況の下で、被告は、本件掲示をしたものである。

(五)本件掲示当時、本件掲示に記載された原告の診療所の住所及び電話番号は、NTT作成の地域別の職業別電話帳に広告掲載されていた。しかし、原告は、右診療所の住所や電話番号をネット上で公開したことは一度もなく、その公開を被告を含む他の者に承諾したこともなかった。

(六) 本件掲示は、その掲示後間もなくニフティの知るところとなり、同社によって掲示板から削除された。

(七) 本件掲示がされた当日の平成9年5月3日(土曜日)、原告の診療所(原告の自宅とは別の場所)に、正体不明の第三者から、診療時間中である午前8時30分ころから午後3時26分ころまでの間に、合計34回の悪戯竜話と思われる不審な電話(無言電話や2ないし4回の呼出音のみで切れたものを含む。)が架かってきた。
 その中には、若い男の声で「Xさんですか。ガハハハハ」というもの(午後1時25分)、年寄りの声で「Yです。」というもの(午後1時30分)、若い男の声で「OYです。居留守を使わないで下さい。」(午後2時09分)、大阪弁のやくざっぽい男の声で「今日の2時ころパソ通の友人がお前のところのXともめ事起こしたみたいだな。来週月曜日に乗り込んで行くから、何時からやっとるか教えろ」というものが含まれていた。
 また、翌々日の同月19日(月曜日)には、同様に、診療時間中である午前9時40分ころから午後3時52分ころまでの間に合計10回の悪戯電話と思われる不審な電話が架かってきた。
 原告は、同日、NTTの悪戯電話撃退サービスを受ける手続をしたところ、右サービスが開始された同日午後4時ころからは、右のような電話は架かってこなくなった。
 さらに、その後数日内に、原告の氏名を騙って通信販売の商品が注文され、それが原告の診療所に配達されてきたことが3回あった。原告は、その受領を拒否したが、その対応を余儀なくされた。

2 「他人に知られたくない個人の私的事柄をみだりに第三者に公表されない」という個人の利益は、人格権に包摂されるプライバシーの権利として、法的に保護されるべきである。そして、右保護されるべき利益の性質上、その保護の要件として、公表された事柄が、[1] 私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること、[2] 一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、[3] 一般人に未だ知られていない事柄であることが必要とされるものと解される。
 そこで、右の観点から、本件掲示行為が原告のプライバシーを侵害するものかどうかにつき検討する。

(一) 原告は、自宅住所とは別の、本件掲示に記載された場所に眼科の診療所を開設している医師であり、その氏名、職業、診療所の住所及び電話番号は、NTT作成の地域別の職業別電話帳に広告掲載されている。したがって、右原告の氏名、職業、診療所の住所・電話番号は、原告の業務の内容からして当然に対外的に周知されることが予定されているものといえるから、必ずしも純粋な私生活上の事柄であるとはいい難い面がある。
 しかし、人の正当な業務の目的のために、その目的に係るものであることが明白な媒体ないし方法によって当該個人の情報が公開されている場合には、その個人情報は、右業務と関係づけて限定的に利用され、右業務とは関係のない目的のために利用される危険性は少ないものと考えられ、右公開者においては、そのように期待して、右公開に係る個人情報の伝搬を右目的に関わる範囲に制限しているものといえる。そして、右のように、個人の情報を一定の目的のために公開した者において、それが右目的外に悪用されないために、右個人情報を右公開目的と関係のない範囲まで知られたくないと欲することは決して不合理なことではなく、それもやはり保護されるべき利益であるというべきである。そして、このように自己に関する情報をコントロールすることは、プライバシーの権利の基本的属性として、これに含まれるものと解される。
 原告の氏名、職業、診療所の住所・電話番号の右電話帳への掲載は、右電話帳作成の目的及びその掲載内容に照らし、原告においてその掲載に係る個人情報の伝搬の範囲を診療所営業に関わる範囲に制限しているものであるといえる。
 したがって、その限りで、右電話帳に掲載された原告の個人情報は、なお私生活上の事柄としての側面も有するものと認められる。

(二) また、ネット上の掲示板は、ニフティの会員でさえあれば誰でも見ることができるというもので、一定の情報を不特定多数の者に簡易迅速に伝達できるという性格を有し、そのようなネット上の掲示板の特殊な性格を考えれば、本件のような個人情報のネット上の掲示板における公開は、それを特に眼科医による診察を希望する目的など全くない多数の者にまで簡単に目にすることのできるようにするものであって、右電話帳に掲載される場合とは比較にならないほど大きな、悪戯電話や嫌がらせ被害発生の危険性をもたらすおそれがあるものと認められる。
 そうであるとすれば、原告がネット上で使用していた原告の氏名についてはともかく、原告の職業、住所・電話番号については、それが右電話帳に掲載されていることを考慮しても、それをネット上の掲示板において公開されることまでは、一般的にも欲したりしないであろうと考えられるし、また、右電話帳の記載の検索は、通常、眼科医の診療を希望する者がその診療所を探すという目的で利用するという特定の場合にすぎないと解されるから、右職業、診療所の住所・電話番号は、一般人には未だ知られていない事柄であると解するのが相当である(これらのことは、地域別の職業別電話帳のすべてがCD−ROMに収められ、全国的規模の検索が可能である場合であっても同様である。)。
 そして、原告は、本件掲示がなされる以前に、自己の氏名はネット上において明らかにしていたが、自己の職業、診療所の住所・電話番号はネット上で公開したことは一切なかったのであり、これからすれば、原告は一貫して自己の職業、診療所の住所・電話番号はネット上公開しない意思を有していたものと推認される。
 したがって、右原告の職業、診療所の住所・電話番号は、一般人の感受性を基準にして、原告の立場に立った場合、公開を欲しない事柄であり、かつ、一般人に未だ知られていない事柄に該当するというべきである。

(三) 以上から、被告の本件掲示は、原告のプライバシーをその意思に反して公表するもので、原告のプライバシーを侵害するものといえる。

4 そして、被告は、本件掲示行為前に、原告からメール等により中傷、罵倒されたりしたKから相談を受けるなどしていた状況の下で、他の誰も掲示したことのない前記原告の個人情報を掲示板上に掲載したものであって、被告の本件掲示行為の時期、背景、その内容等に照らせば、被告の本件掲示行為には何ら正当な理由は認められないだけでなく、被告は、原告に反発を示すニフティ会員が、被告の開示した原告の個人情報を利用して原告に対する攻撃的対応(原告がその後実際に受けたと認められるような嫌がらせ電話等を含む。)に及ぶことも十分ありうることを認識、予見して、本件掲示をしたものと推認される。
 したがって、被告の本件掲示行為は、原告のプライバシーを侵害する違法なもので、それは被告の故意に基づくものであり、不法行為を構成するものというべきである。

二 争点2(本件掲示行為による原告の損害の有無・程度)について

1 被告の本件掲示行為後、その当日及びその二日後の二日間、被告の診療所の電話に集中的に無言電話等の不審な電話(以下「悪戯電話」という。)が架かってきたことは前記認定のとおりである。
 ところで、証拠(乙二、原告)によれば、原告は、被告の本件掲示行為前に、ニフティの他の会員に対して原告の診療所に悪戯電話が架かってきたことがある旨のメールを送ったことがあることが認められる。
 右事実を考慮すると、被告の本件掲示行為後に原告の診療所に架かってきた悪戯電話は、被告が本件掲示をしたこととは関系のないものであった可能性もないではない。
 しかしながら、被告の本件掲示行為後に原告の診療所に架かってきた悪戯電話は、被告の本件掲示行為の当日から多数集中しており、被告の本件掲示行為前にはそのような多数かつ集中的な悪戯電話が原告の診療所に架けられてきた形跡はないことを合わせ考慮すると、被告の本件掲示行為当日及びその翌々日に原告の診療所に架かってきた悪戯電話の少なくとも大部分は、被告の本件掲示行為が誘因となっているものと推認される。また、右事実に照らせば、前記認定の原告の氏名を騙っての通信販売の注文行為も、右と同様、被告の本件掲示行為が誘因となっているものと推認される。

2 原告の損害について

(一) 治療費  2380円
 証拠(甲2ないし5、7、原告)によれば、原告は、自己の個人情報が掲示板に掲示されたこと及びその後診療所に悪戯電話が多数架かってきたことなどから、ストレス性胃炎、不眠症、筋収縮性頭痛等の症状が出現し、被告の本件掲示行為の3日後の平成9年5月20日内科医の診察、治療を受け、その費用として少なくとも2380円を要したことが認められる。
(二) 慰謝料  20万円
 被告の不法行為の内容、それによる原告の悪戯電話等による被害の状態ないし内容等前記認定の諸般の事情をしん酌すれば、被告の不法行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は20万円をもって相当と認める。
(三) 信用毀損による損害
 原告は、信用毀損による損害も受けた旨主張するが、原告の職業、診療所の住所・電話番号が掲示板で公開されたとしても、それだけで原告の経済的信用が毀損されるわけではないし、原告の診療所に二日間にわたって悪戯電話を架けられたことも、それが外部の者に知れるおそれはほとんどないといえるから、そのことによって損害賠償に値するほどに原告の経済的信用が毀損されたということは考え難い。
 したがって、被告の不法行為により原告に信用毀損による損害が生じたことは認められない。
(四) 休業損害について
 原告は、前記悪戯電話による精神的圧迫のため体調を崩し、被告の本件掲示行為の4日後の平成9年5月12日(水曜日)の午後の診療を休業した旨主張し、原告はその本人尋問において、右主張に沿う供述をする。
 しかしながら、証拠(甲6、原告)によれば、右5月21日に原告の診療所で診察等をした患者数は87名であり、その後の一週間の間の各開業日の患者数がいずれも100名を超える人数であったのに比べると、右21日の患者数はやや少ないことが認められる。
 しかし、他方で、右証拠によれば、原告が休診したと主張する5月21日の前日の20日の患者数は84名、前週の水曜日である同月14日の患者数は90名であり、右5月21日の患者数とほぼ同じであることが認められる。
 これらの原告の診療所の患者数に照らせば、原告が右5月21日の午後休診した旨の原告の供述は極めて疑問といわざるを得ず、右原告の供述を裏付ける資料も何ら提出されていないことも合わせ考慮し、右原告の供述は採用し難い。そして、他に、右原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(五) 原告は、被告の本件掲示行為後の悪戯電話のために、二日間にわたって原告の診療所の業務用電話が利用できなくなり、そのため電話による診療依頼などを受付けることができなくなり、その分の診療報酬収入を喪失する損害を被った旨主張する。
 しかし、仮に右原告主張の期間中に、原告主張のとおり診療所の電話による診療申込みの受付けができないということがあったとしても、その電話による診療申込みは当日診療を受けることの申込みであったとは限らず、その後日に原告の診療所の診察を受けた可能性もあるから(本件掲示がなされた日の翌日の平成9年5月18日には特に悪戯電話が架けられた形跡はなく、その翌日の19日午後四時以降は、全く悪戯電話は架かっていない。)、右原告主張のような事実だけから、電話受付けによる患者の診療報酬収入が失われたとまで認めることはできないし、また、その電話受付けができなかったことにより原告が喪失した診療報酬額を確認すべき証拠もない。
 したがって、原告の右主張は採用できない。

3 以上によれば、原告が被告の不法行為により受けた損害の合計は、20万2380円となる。

三 争点3(過失相殺)について

 被告は、原告は被告の本件掲示行為前から他のニフティの会員を中傷罵倒する掲示をしていたものであり、この点は原告の過失として、被告が賠償すべき損害額について考慮すべきである旨主張する。
 電子メールの内容は、ネット上の通信の相手の顔が見えないことなどから、過激、無責任になりがちになることは否めず、それ故、これを利用する者には自覚と節度が特に要求されるものと解される。
 しかし、原告が他の会員に送ったメールの中には、中傷的、侮辱的な内容のものもあったことが認められ、メールを利用する者としての自覚と節度に欠ける面があったことは否めない。
 しかしながら、原告の右態度が、仮に被告の本件掲示行為後の原告の悪戯電話等の被害誘引の一因となったとしても、その原告の態度は被告に対するものではない上、本件の場合においては、被告は、他の会員の間に原告に対して反発を示す者がいるという状況を認識した上で本件掲示行為を行っており、右状況を利用して原告の悪戯電話等の被害誘引の原因を作出したとも評価できるから、このような場合に、被告との関係で原告の右態度を過失として被告の損害賠償責任額を軽減する方向で考慮することは、民法722条2項の過失相殺の規定の趣旨に添わないものであり、相当ではないというべきである。
 したがって、被告の過失相殺の主張は採用できない。

四 以上の次第で、原告の本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として20万2380円及びこれに対する不法行為の後である平成9年5月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法61条、64条本文を、仮執行宣言について、同法259条2項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

神戸地方裁判所第五民事部

裁判長裁判官 竹中省吾

   裁判官 永田眞理

   裁判官 鳥飼晃嗣

   
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作成責任者:町村泰貴
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