国賠地裁判決目次国賠控訴審第二次文書提出命令申立却下決定最高裁逆転無罪判決解説

 二 争点二(国賠法の対象としての裁判の違法)について

(原告の主張)

   1 刑事裁判は、刑罰という人権侵害に深くかかわる問題を扱い、刑事裁判を担当する裁判官には、極刑である死刑から自由刑、財産刑までの刑罰を科すことによって、国民の生命・身体の自由、財産等を剥奪する権限が付与されている。

 このように国民の運命に決定的な影響を及ぼす絶大な権限を有する刑事裁判官の職責は、極めて重大であり、国民が、刑事裁判官に期待することは、適正な裁判がなされることであるが、適正な裁判にとって不可欠の前提は、何をおいても事実を正しく認定することである。

 そのためには、裁判官が公平な態度で審理にのぞみ、万に一つでも誤った有罪判決をなすことのないよう被告人・弁護人の主張によく耳を傾け、証拠の評価にあたり、物的証拠については犯罪や被告人との関連性を、鑑定についてはその内容の正確性・真実性を、供述証拠についてはその任意性・信用性を、合理的かつ科学的に検討して行うべき最高度の注意義務がある。

 そして、有罪判決を言い渡すためには、自由と権利を剥奪・侵害する刑罰権の発動という刑事裁判の性質上、民事裁判と異なり、裁判官は合理的な疑いをいれない程度の確信を要し、裁判官は、合理的な疑いをいれない程度の証明がなされない場合には無罪を言い渡すべき義務がある。

 そして、刑事裁判に上訴等の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在しても、これによって当然に国賠法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるものではないが、当該裁判官が事実認定にあたって経験法則、採証法則、論理法則を著しく逸脱し、裁判官に要求される良識を疑われるような非常識な過誤を犯したことが当該裁判の審理段階において明白であるなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような事情があれば、国賠法上においても違法の評価を免れない。

 なお、刑事裁判における「合理的な疑いをいれない証明」の原則や「疑わしきは被告人に有利に」の原則は、いずれも刑事裁判官の行為規範として、これに違反した裁判も国賠法にいう違法に当たるものであることは当然である。

  2 さらに、刑事裁判においては、憲法と刑事訴訟法で規定された適正手続と証拠能力ルールの下で裁判が行われることが保障されており、従って、この手続上の原則に著しく違反して審理、判決をした場合は、仮に、事実認定の推論過程に極端な誤りが認められなくても、その裁判官の行為には、刑事訴訟法の本質に由来する行為規範の違背があるものとして国賠法上の違法の評価は免れないものである。

(被告国の主張)

 裁判官の職務行為の違法については、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国賠法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が生じるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不法な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。


作成責任者:町村泰貴
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