国賠地裁判決目次|国賠控訴審第二次文書提出命令申立却下決定|最高裁逆転無罪判決解説

平成11年(ウ)第541号文書提出命令事件

(本案・東京高等裁判所平成8年(ネ)第1650号 損害賠償請求控訴事件)

決定

当事者

主文

本件申立てを却下する。

理由

第一

 申立人の本件申立ての趣旨及び理由は、別紙「文書提出命令申立書」、「文書提出命令申立意見書」(各写し)記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、「文書提出命令の申立に対する意見書」、「文書提出命令の申立に対する補充意見書」(各写し)記載のとおりである。

第二 当裁判所の判断

一 事案の概要

1 本件文書提出命令申立事件の本案である損害賠償請求控訴事件は、昭和50年12月20日、申立人(控訴人)運転の貨物自動車が国道49号線を新潟市方面から会津若松市方面に向かって進行中、新潟県東蒲原郡津川町においてひき逃げ死亡事故を発生させたとして、業務上過失致死の被疑事実により起訴され、第一審及び第二審でいずれも有罪判決を受けたものの、上告審で無罪の判決を受けた申立人が、検察官の公訴の提起、追行並びに第一審及び第二審の裁判官の裁判に違法があったとし、相手方に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めたという事案である。

2 本案訴訟の記録によれば、検察官の公訴提起の違法性の有無に関連して、相手方は、原審において陳述済みの平成7年8月31日付け被告準備書面・第三の二1で、「起訴検察官であった渡邊憲介は、公訴の提起の時点における別紙証拠一覧表記載の各種の証拠資料を総合勘案し、原告には有罪と認められる嫌疑があると判断して公訴を提起した」旨を主張し、被控訴人渡邊憲介も、原審における本人尋問において、右の相手方の主張と同旨の供述をしたことが認められる。

3 これに対し、申立人は、当審において、右の「証拠一覧表」記載の証拠資料中、昭和50年12月21日付け司法警察員作成の「ひき逃げ交通事故手配に基づく検問表の送付について」(乙296)ほか四点の証拠資料は、公訴提起前には司法警察員から検察官に対して送致、送付、追送されておらず、したがって、これらの証拠資料は、公訴提起前には起訴検察官の手許になかった事実を立証したいとして、平成9年3月12日、本件被疑事実に関する送致書、書類目録及び関係書類追送書(以下「本件各文書」という。)は、いずれも旧民事訴訟法312条3号のいわゆる「法律関係文書」に、あるいは同条1号のいわゆる「引用文書」に該当するとして、第1回目の文書提出命令の申立てをしたが、同年6月9日に却下され、これに対する特別抗告も却下された。

4 申立人は、本件各文書は、民事訴訟法(以下「法」という。)220条3号後段のいわゆる「法律関係文書」に、また、同号前段のいわゆる「利益文書」に、さらに、同条1号のいわゆる「引用文書」に該当するとして平成11年3月23日、第2回目の文書提出命令申立て(以下「本件申立て」という。)をするに至った。

二 法220条3号後段のいわゆる「法律関係文書」の該当性

1  法220条3号後段のいわゆる「法律関係文書」とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体、あるいは、その法律関係の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにする目的の下に作成された文書であって、当該法律関係を構成する要件事実の全部又は一部が記載されているものをいうと解するのが相当であり、したがって、文書の所持者が専ら自己使用のために作成したようないわゆる「内部文書」は、右の法律関係文書には当たらないというべきである。これに対し、申立人は、ここでいう「法律関係文書」は、当該法律関係を構成する要件事実の全部又は一部が記載されているものに限定されるものではなく、 広く、その法律関係の形成過程において作成された文書やその法律関係に関連のある事項を記載した文書も含むと主張するが、右主張は、「法律関係文書」の意義を不当に拡大する解釈であるといわざるを得ず、採用することはできない。

2 そこで、これを本件についてみるに、送致書は、犯罪捜査規範に基づき、司法警察間が被疑事件を検察官に送致又は送付するに当たり、そのことを手続上明らかにし、事件送致に遺漏がないようにする目的で作成され、犯罪の事実及び情状に関する意見が付された文書であり、また、書類目録は、事件送致の際に授受される捜査関係書類を特定し、その授受に遺漏がないようにする目的で作成される文書であり、さらに、関係書類追送書は、事件送致又は送付の後に新たに入手した資料を追加するに当たり、追送する捜査関係書類を特定し、その授受に遺漏がないようにする目的で作成される文書である。したがって、 本件各文書は、いずれも、司法警察員と検察官という捜査機関の内部において、事件送致の手続及び内容を明確にするとともに、司法警察員が認定した犯罪事実と情状に関する意見を付し、事件の円滑、適正な処理を図るために、相互の連絡ないし意見具申用の文書として作成し、授受されるものであるから、申立人を被疑者とする前記業務上過失致死被疑事件に係る本件各文書は、いずれも右の「内部文書」に当たり、「法律関係文書」には当たらないというべきである。

3 また、本件記録によって明らかな送致書、書類目録及び関係書類追送書の様式に照らすと、本件各文書は、前記業務上過失致死被疑事件における参考人の供述調書、実況見分調書等の捜査関係書類とは異なり、申立人に有罪と認められる嫌疑があるとして公訴を提起した起訴検察官の判断の合理性いかんに係る法律関係を構成する要件事実の全部又は一部を記載するものとは認められないから、「法律関係文書」には当たらないというべきである(なお、送致書には「犯罪事実」を記載する欄があるが、この欄は、事件を検察官に送致するに当たり、司法警察員が認定した被疑事実が抽象的にとりまとめて記載されるにすぎず、申立人に有罪を認められる嫌疑があるとして公訴提起した起訴検察官の判断の合理性いかんにかかる法律関係を構成する要件事実の全部又は一部が記載される性質のものではない。)。

三 法220条3号前段のいわゆる「利益文書」の該当性

1 法220条3号前段のいわゆる「利益文書」とは、挙証者の権利義務を発生させるため、又は、挙証者の法的地位、権利、権限等を明らかにするために作成される文書をいうと解するのが相当であり、文書の所持者が専ら自己使用のために作成したようないわゆる「内部文書」は、右の「利益文書」に当たらないというべきである。

2 そうすると、前記二2のとおり、いわゆる「内部文書」である本件各文書は「利益文書」に当たらないことになる。  また本件各文書は、前記二2のとおりの文書であり、業務上過失致死被疑事件につき有罪と認められる嫌疑があるとして公訴を提起された申立人の法的地位、権利、権限等を明らかにするために作成された文書ではないことが明らかである。
 したがって、いずれにしても、本件各文書は、「利益文書」に当たらないというべきである。

四 法220条1号のいわゆる「引用文書」の該当性

 法220条1号のいわゆる「引用文書」とは、当事者がその訴訟において、積極的にその存在及び内容に言及し、自己の主張の根拠とした文書をいうものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、申立人は、被控訴人渡邊憲介が、原審第14回口頭弁論期日の本人尋問において、裁判長の問いに対し、「送致書はあります。事件はどんな事件でも送致書を添付して必ず事件を送致しますから、送致書はあります。」と述べているから、引用文書であることは疑いを入れる余地はないと主張している。しかし、本件訴訟の記録によれば、相手方は、公訴提起に係る検察官の判断の合理性について、原審の段階から、乙号証として提出した「証拠一覧表」記載の各証拠資料により立証済みであるとの態度を示しており、公訴提起に係る検察官の判断に合理性があったという自己の主張の根拠とするため、本件各文書のうち送致書、又は、その存在を指摘した被控訴人渡邊憲介の供述の存在と内容を積極的に言及したとは認められない。
 そうすると、本件各文書は、当事者が積極的にその存在及び内容に言及し、自己の主張の根拠とした文書ではないから、「引用文書」にも当たらないというべきである。

第三 結論

 以上の次第であるから、本件各文書につき相手方に提出義務があると認めることはできず、本件申立ては理由がないからこれを却下することとして、主文のとおり決定する。

平成11年8月2日

東京高等裁判所第9民事部

裁判長裁判官 塩崎勤

  裁判官  小林正

  裁判官  萩原秀紀


作成責任者:町村泰貴
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