第4 当裁判所の判断

 1 前提となる事実

 ニフティサーブの概要,本件発言(一)から(五)までが行われるに至った経緯,内容及び本件訴訟に至るまでの経緯等は,次に補正するほか,原判決事実及び理由第四の一前提事実欄(原判決63頁6行目から90頁5行目まで)に記載のとおりである。

(原判決の補正)

 (1) 原判決74頁7行目の「平成5年12月」を「平成4年12月」に改める。
 (2) 原判決76頁7行目の「電子メールにより原告に送付した」を「運営協力者しか読むことのできない20番会議室において,#747(同年5月12日),#760(同月13日)で掲載した」に改める。
 (3) 同判決77頁9行目から同78頁2行目までを次のとおり改める。
「(六) 被控訴人は,平成5年5月17日,非公開の運営会議室において,「運営陣への質問と要請」と題し,本件フォーラムにつき,「今のフェミニズム会議室では,フェミニズムは語られているとは思えない。フェミニズムという看板を外してほしい。」旨発言し,同月下旬以降本件フォーラムにおいて発言することを止めた。被控訴人は,同年11月頃,意見の一致する仲間6名ととともに,本件フォーラムとは別の「生涯学習フォーラム(FLEARN)」において,フォーラムの中のフォーラムとして「フェミニスト・フォーラム」を設置し,その代表者に就いた。このフェミニスト・フォーラムは,設立の趣旨の中で,フェミニズムを「生まれながらの性によって人間の考え方や社会活動を制約している,さまざまな文化や社会制度を取り上げ,問いなおし,それに働きかけるための思考と実践」であると定義した上,「このフォーラムは,このフェミニズムを肯定的に評価し,自らの生き方に関するものとして考え,語り合い,行動していこうとする人のための場であるから,フェミニズムを知ろうとせず,あるいはフェミニストの声に耳を傾けようともしない人は,発言をお断りします。」旨の発言内容によって規制を行う趣旨が明らかにされていた。被控訴人は,同月23日或る会員からフェミニスト・フォーラムでされた「全ての性差別に反対するという立場から男性差別の問題もある」との発言を上記の発言規制に触れるとして,削除した。なお,被控訴人は,フェミニスト・フォーラムにおいて,課金免除を受けていた(甲114,丙3,70,71,丁11)。」
 (4) 原判決78頁4行目から同79頁初行までを次のとおりに改める。
「(一)被控訴人は,平成5年5月下旬以降,本件フォーラムにほとんどアクセスしなかった。控訴人Y1は,別紙3一覧表(一)から(三)までのとおり,平成5年11月29日から平成6年3月27日にかけて,本件発言(一)から(五)までの各「年月日」欄記載の時期に,発言番号欄記載のとおり,「名誉毀損部分」,「脅迫部分」記載の文章を含む発言を書き込んだ。」

 2 争点(1)(本件発言(一)から(五)までによる名誉毀損,侮辱又は脅迫の成否)

 (1) 判断の前提となる本件の事情

 ア 本件フォーラムは,現代思想フォーラムと題して公開討論の中で,フェミニズムという意見の対立の大きい思想内容を扱っており,発言内容も他人に対する批判や人格攻撃を含んだものになりやすく,攻撃的な表現もあって,正当な批判か中傷かについては一概には決めつけにくい状況にあった(丁11)。

 イ 被控訴人は,平成2年9月頃から平成5年春頃まで,本件フォーラムに参加し,殊に「わたしのふぇみずむ」と題する長期に亘る連載において,個人的体験を公表しながら,自己のフェミニズムについての考え方を発言し,相当数の会員から好意的評価を得ており,被控訴人自身もこれらの評価に満足していた。この個人的体験を公表する中で,被控訴人は,予定外の妊娠をし,1回目は経済的理由で中絶し,その後再び予定外の妊娠をし,相手の男性と婚姻したが,流産し,その後留学目的でアメリカに長期滞在し,後はその男性と離婚したことを明らかにしていた。被控訴人は,平成4年12月からリアルタイム会議室(RT)の常駐要員として課金免除(フリーフラッグ−FF−)の資格を当時のシスオペの坂本から付与され,一般の会員がアクセスできない運営会議室(20番会議室)にアクセスし,発言することを認められていた。被控訴人は,平成5年5月下旬以降,スクランブル事件について本件フォーラムで批判を受けたことや,控訴人Y1からシスオペの坂本に内密で伝えられた個人情報についてリアルタイム会議室で発言し,プライバシーを侵害したのではないかと抗議を受けたことなどから,本件フォーラムで発言したり,アクセスしたりすることを止めた。被控訴人は,平成5年11月頃,前記の「フェミニスト・フォーラム」を設置し,その代表者に就いた(甲114,139,丁1,7,8,11)。

 ウ 控訴人Y1は,在日韓国人で,上智大学文学部を卒業し,出版社,新聞社勤務を経て,渡米し,一時日本に帰国し,英文専門誌の編集者として勤務する傍らニューズウィーク日本版翻訳者として勤め,米国のインディアナ大学でジャーナリズムを学び,米国の新聞社に勤め,その後日本に帰国し,以降地元下関市や関西の私立大学の英語の非常勤講師をしながら,翻訳や日米に関する評論を雑誌に寄稿していた(丁7)。控訴人Y1は,平成5年4月本件フォーラムに入会し,フェミニズム会議室の過去の発言を読み,「C**」会員が多数の発言を行って,中心となり,特に「加瀬馨」会員とともに,フェミニズムについて考え方の異なる会員に対しては対話を拒否し,撤退させており,公開されている本件フォーラムにおいて,反論や批判を認めないのは,本件フォーラムの私物化であり,改められるべきであると考え,この考えに従って発言をし始めた(丁7)。控訴人Y1は,平成5年5月7日,スクランブル事件により,被控訴人によってRT会議室から事実上排除され,さらに同月中旬のRT会議室では,シスオペの坂本にだけ知らせた控訴人Y1についての個人的な情報を前提として被控訴人が発言したことで,シスオペの坂本から被控訴人にこの情報が伝えられたと推測した。控訴人Y1は,平成5年11月被控訴人らによって設置された「フェミニスト・フォーラム」にアクセスし,被控訴人が被控訴人の考えるフェミニズムについて疑問を呈した会員の発言を削除したことについて,他の会員から運営に関する批判が相次いでいることを知った。このような経過を経て,控訴人Y1は,本件発言(一)から(五)までをした(丁7)。

 エ 本件フォーラム内において,ある会員に向けられた批判や反論の発言があれば,当該会員は,直ちにこれに対する反論や再批判をすることができ,場合によっては全く無視することもできた(丁11)。

 (2) 名誉毀損

 ア 本件各発言のうち,「経済的理由で嬰児殺しをやり」(本件発言(一)符号2),「あの女はアメリカの出入国法にも違反した疑いが濃厚。これは完全な犯罪者」(同(二)符号9),「あの女は二度の胎児殺し」(同符号10),「C**のやらかした優生保護法違反による二度の胎児殺しとアメリカの移民帰化法違反による不法滞在・・・・C**は犯罪者。C**の嬰児殺し。胎児殺しを二度もやった・・・・」(同符号11),「C**のような嬰児殺し」(同符号12),「嬰児殺害と米国不法滞在を奨励したC**こと(被控訴人名)・・嬰児殺しを奨励し」(同(三)符号4),「嬰児殺害と米国不法滞在を提唱するエセ・フェミニズム女C**」(同符号5),「あれは二度も中絶している」(同符号6),「無資格で入国する不法滞在者と同じこと。・・・(被控訴人名)がアメリカでやらかしたことをおまえはやっている」(同符号7)の部分及び同旨の発言内容部分は,被控訴人が嬰児殺し及び不法滞在の犯罪を犯したとする内容の発言で,被控訴人の社会的評価を低下させる内容であり,名誉毀損に当たる。

 イ 控訴人Y1は,これらの発言が言論の場においては許容されるかのように主張する。しかしながら,対立する意見の容易に予想されるフェミニズムという思想を扱うフォーラムにおいても,おのずから,議論の節度は必要である。上記の各発言は,控訴人Y1の議論の中では,その主張を裏付ける意味をおよそ有せず,また,被控訴人の主張を反駁するためにされているとも解せられず,被控訴人の公表した事実が犯罪に当たることを言葉汚く罵っているに過ぎないのであり,言論の名においてこのような発言が許容されることはない。フォーラムにおいては,批判や非難の対象となった者が反論することは容易であるが,言葉汚く罵られることに対しては,反論する価値も認め難く,反論が可能であるからといって,罵倒することが言論として許容されることになるものでもない。尤も,本件においては,先に認定したとおり,被控訴人において,意見の対立の予想される思想を扱うフォーラムに身を置きながら,異見を排除したり,スクランブル事件の際のように控訴人Y1を排除したりするなど,反対意見に対する寛容の必要性についての基本的な理解に欠けることを窺わせる行動が見られるが,このことを考慮しても,議論に臨むについて,節度を超えて他人を貶め,又は他人の名誉を傷つけることが許されるものではなく,控訴人Y1のこの点に関する主張は,採用することができない。

 ウ 控訴人Y1のその余の各発言は,フェミニズムについて自己と異なる意見を排除し,課金免除の特典を受けながら本件フォーラムにおける発言をしなくなったとして,被控訴人を批判又は非難するもの,「フェミニスト・フォーラム」について異なる意見や反論を排除し,私物化しているとして,その運営方法について被控訴人を批判,非難又は椰楡するもの,控訴人Y1の個人的情報に関する被控訴人の発言についての非難を内容とするもので,一部には,表現が激烈で相当性に疑問を抱かせるものもないではないが,被控訴人の社会的評価を低下させる事実の公表を含むものではなく,名誉毀損に当たるものではない。

 (3) 侮辱

 本件発言中,「あの女は乞食なみじゃ。」(本件発言(二)符号5),「あの女の表の顔と裏の顔が明らかになる。そう,寄生虫的な逆差別女の思想的限界が。」(同符号7),「あの女は弱いのではなく,弱いふりをして,根性がひん曲がっている・・。あれでは離婚になるでしょう」(同符号8),「(被控訴人名)は何者か?やはり,根性のひんまがったクロンボ犯罪者なみです。・・・この馬鹿だけは。」(同符号10),「C**一味はやはり馬鹿としか思えない。・・・あのペテン師女」(同符号11),「C**の馬鹿」(同(三)符号1)等同旨の各部分は,事実を摘示している訳ではないが,自己の意見を強調し,反対意見を論駁するについて,必要でもなく,相応しい表現でもない,品性に欠ける言葉を用いて被控訴人を罵る内容のもので,被控訴人の名誉感情を限度を超えて害するものというべきで,侮辱に当たる。

 しかしながら,その余の各発言は,被控訴人を揶揄し,罵る内容のものも見られるが,なお,侮辱に当たるとまでは認めることができない。

 (4) 脅迫

 本件発言(五)並びに同(二)符号1,同10及び同11の各発言中には,「これは闇打ちにするのもいいでしょうかね,・・依頼したC**暗殺計画の立案はどこまで進行していますか?」(本件発言(五)符号2),「あの女は闇打ちにするのがいいでしょう。・・当方はあの会社の天皇級の人間をよーーーーーーーく知っているので,これからはいつでも闇打ちができるわけです。リストラの時にはバイトの人間は最初の犠牲者ですからねえ。・・本当にやるかどうかは彼女しだいでしょうがね。」(同4),「かわいそうに,C**も。これで職場に恥がばらまかれることになった。・・ここまでなめられては,報復戦争です。C**が先にやらかしたプライバシーの暴露と裏攻撃をこちらもするだけのこと。それも一万倍の切れ味で。」(同5),「C**・・も職場と居場所は分かっています。必要と有れば・・しかるべき対応はできますので,まさに「発言の当事者」責任を問うことにします。」(同7),「恐い目に遭うのは,・C**一味」(同8),「「部落と朝鮮は怖い」という発言を残したが,おまえはこの一言で他人に殺意を残したことはわすれないように」(同(二)符号1),「早々にワナにかけて,射殺した方がいいでしょう,あの女の場合は・・そうそうに射殺すべきでしょう。この馬鹿だけは」(同10)の各発言のように,「闇打ち」(闇討ちの趣旨か)「暗殺計画」「射殺」「痛い目に遭う」等,被控訴人の生命に危害を加えるか,又はその他の方法で被控訴人に害を与えることを表明したと理解される表現がある。しかしながら,これらの発言は,字句自体は重大な内容を含むものの,会員に公開された仮想空間において,会員の誰もが知ることのできる事情の下においてされただけに,かえって,控訴人Y1が,被控訴人の生命,財産その他に危害を及ぼす行動に現実に及ぶ意思を有してはいないことが容易に了解されるというべきである。実際にも,上記発言は,先に認定した本件についての事情,上記各発言がされるに至った経過及び文脈を踏まえて検討すると,内密に提供した控訴人Y1に関する個人情報を坂本から得た被控訴人の卑劣さ(情報を漏らした者と卑劣さに差異はない。)や,反論によることなく,異見を排除するなどの本件フォーラムの運営に対する強い怒りや非難を表現する趣旨を強調したものと認められる。被控訴人においても,従前の発言を通じて,意見を異にしてはいたものの,控訴人Y1がフェミニズムという思想に関して積極的に発言する知性を備えた人物であることを知り,また,個人情報を得,控訴人Y1がニューズウィーク誌において働いた経歴を持ち,大学の講師を務めている者であることも知っていたと認められる(丁11,弁論の全趣旨)。上記発言は,前記のとおり,被控訴人が本件フォーラムへのアクセスや発言をしなくなった後にされており,被控訴人がこれらの発言がされた事実を知っていたかどうかについても疑問があるが,この点を措いても,前記の本件の事情の下においては,被控訴人が発言内容のような危害を控訴人Y1から受けるかも知れないという危倶を抱く事情もないというべきで,脅迫には当たらない。

 3 争点(2)(控訴人Y2の削除義務)について

 (1) フォーラムの仕組みとシスオペの役割等

 標記に関し,前記認定事実(原判決引用部分を含む。)等を整理すると,以下のとおりである。

 ア シスオペは,控訴人ニフティとの間で締結されたフォーラム運営契約により,特定のフォーラムの運営及び管理を委託され,対価として歩合報酬を得る。その報酬は,控訴人Y2の場合,シスオペを務める上で必要なパソコン及び周辺機器を揃える費用を賄うに足りる程度であった(原審控訴人Y2)。

 イ シスオペは,会員規約(乙4)及び運営マニュアル(丙2)に従い,フォーラムの運営及び管理をし,公序良俗に反する発言,犯罪的行為に結びつく発言,会員の財産,プライバシーを侵害する発言,会員を誹謗中傷する発言等一定の発言について,事前の通知を要せず,発言を削除することができ(会員規約18条),フォーラムの運営に当たり,一般の社会人が多数参加している場として公共性を維持し,健全な運営を心がけ,フォーラム運営上のトラブルを未然に防止し,発生したトラブルに対しては素早い対応をし,対応できない場合は控訴人ニフティに連絡し,明らかに削除しなければならない発言は速やかに削除し,削除の判断に迷う場合は控訴人ニフティに相談する(運営マニュアル)ものとされている。

 ウ シスオペは,新聞,雑誌等の出版物と異なり,フォーラムや会議室における会員の発言の内容を事前に審査することができない上,平成5年12月ころは,控訴人Y2を始め,多数の者が,シスオペの業務を専門とせず,本業の傍らこれに従事しており,会員による発言が日々多数に上り,その時刻も一定していないこともあって,自己の管理及び運営するフォーラムにおける会員の発言のすべてについて審査し,検討することはほとんど不可能であった。

 エ シスオペが会員の発言を削除する措置を講じると,会員は,当該発言をフォーラムにおいて読みとることができなくなるものの,この措置以前に当該発言をダウンロード(パソコン等に発言等を保存する行為をいう。)した会員を通じ,当該発言の内容を知ることができる。

 オ 会員は,フォーラム等において,自己に向けられた名誉毀損発言等に反論し,自己の正当性を主張し,及びシスオペや控訴人ニフティに対しその削除を求めることができるものの,自らは,当該発言を削除するなど,当該フォーラムにおいて他の会員にそれを読まれないようにする手段を採ることはできない。

 (2) シスオペの削除義務

 上記によれば,次のとおりいうことができる。

 ア シスオペは,会員規約に基づき,フォーラムの適切な運営及び管理を維持するため,誹謗中傷等の問題発言を削除する権限を与えられ,当該発言の削除により,完全ではないものの,他の会員の目に触れなくして,被害の拡大を防ぐことができる。標的とされた会員は,自らは問題発言を削除することができず,当該発言がフォーラムに記録され続けることによる被害の継続を防ぐには,シスオペに指摘した上でシスオペの行動に待つ他ない。

 イ シスオペは,上記のとおり,それを業とする者でなく,他に職業を有する者から成る仕組みであった当時の実情から,問題発言を逐一点検し,削除の要否の検討を適時に実施することはできなかった。本件フォーラムは,フェミニズムという思想について議論することを標榜する以上,事後ではあっても,会員の発言内容を審査することをシスオペに求めるに帰することも,民主主義社会の議論の在り方とは背理する。

 ウ 民主主義社会における議論においては,異論,異見は,容認される。尤も,議論の在り方についての理解を共有するに至らない者同士においては,激するあまり,相手を誹謗中傷するに等しい言辞により議論したり,スクランブル事件におけるように,異論や異見を有したり,相容れない主張をしたりする者をその故に排除するという未成熟な行動が生じ勝ちである。そのような場合においても,誹謗中傷等の問題発言は,標的とされた者から当該発言をした者に対する民事上の不法行為責任の追及又は刑事責任の追及により,本来解決されるべきものである。

 エ 誹謗中傷等の問題発言は,議論の深化,進展に寄与することがないばかりか,これを阻害し,標的とされた者やこれを読む者を一様に不快にするのみで,これが削除されることによる発言者の被害等はほとんど生じない。

 オ 以上の諸事情を総合考慮すると,本件のような電話回線及び主宰会社のホストコンピュータを通じてする通信の手段による意見や情報の交換の仕組みにおいては,会員による誹謗中傷等の問題発言については,フォーラムの円滑な運営及び管理というシスオペの契約上託された権限を行使する上で必要であり,標的とされた者がフォーラムにおいて自己を守るための有効な救済手段を有しておらず,会員等からの指摘等に基づき対策を講じても,なお奏功しない等一定の場合,シスオペは,フォーラムの運営及び管理上,運営契約に基づいて当該発言を削除する権限を有するにとどまらず,これを削除すべき条理上の義務を負うと解するのが相当である。

 (3) 本件発言の削除に至る事実経過

 前記認定(原判決80頁初行から90頁5行目まで)により,経緯を要約すると,以下のとおりである。

 ア 控訴人Y2は,平成5年11月,坂本の後を受けて本件フォーラムのシスオペになり,従前,問題発言が削除されても,更に同様の発言が書き込まれ,結果的に減少しなかったこともあって,発言削除をできるだけ避け,公開の場で議論を積み重ねることによって会員の意識を変え,発言の質を高めることが重要と考え,これに沿ってフォーラムの運営をしてきた(同80頁から81頁まで)。

 イ 控訴人Y2は,控訴人Y1の「(被控訴人の)根性がひん曲がっている・・あれでは離婚になる・・」(本件発言(二)符号8。平成5年12月18日)及び「アメリカの出入国法にも違反・・」等(同符号9。同月20日)について,各発言当日,「優生保護法違反,アメリカの移民帰化法違反」等(同符号11。平成5年12月23日)について発言の翌日,運営会議室において,本件フォーラムの運営スタッフから知らされ,本件発言(二)符号8については発言当日,「経済的理由で嬰児殺しをやり」(本件発言(一)符号2。同月31日),「あの女は乞食なみじゃ」(本件発言(二)符号5。同月8日)及び本件発言(二)符号11について,各発言の翌日,控訴人Y1に宛て,本件フォーラムの7番会議室において,これらの発言について,表現の自由といっても無制限ではなく,市民社会のルールがあり,発言内容がこのルールに違反していること,復讐の場として本件フォーラムを使うことは許されないこと,場合によっては控訴人Y1の会員削除をする事態に至ること等を指摘したが,削除することはしなかった(同82頁から83頁まで,丙52,56,68)。

 ウ 被控訴人は,平成5年12月29日,控訴人ニフティのセンター窓口及び中村取締役に対し,発言を特定することなく,本件フォーラムの6番及び7番会議室に被控訴人に対する誹謗中傷が書き込まれている情報を得たとして,同6年1月6日,控訴人Y2及び控訴人ニフティの担当者小泉に対し,本件発言(二)符号6から11までにつき,誹謗中傷であるとして,いずれも電子メールにより,対処を求めた(同84頁から85頁まで)。

 エ 控訴人Y2は,これを受けて運営委員会に各発言の取扱いを付議し,同月9日,被控訴人に対し,名誉毀損に当たる発言部分を指摘すべきこと,指摘された発言について控訴人ニフティの判断も削除相当となれば,削除すること,削除は被控訴人の要望に基づく旨を付記すること,を内容とする対処案を電子メールにより送付したが,同月10日,被控訴人から拒絶の応答を受け,同月14日,被控訴人に対し,本件フォーラムにおける控訴人Y1の発言を検索し(なお,この検索自体は,極く簡単なパソコン上での操作により可能である。原審小泉証言),削除することを希望する発言を指摘すべきこと,指摘された発言については削除される可能性が高いことを電子メールにより指摘した(同85頁から86頁まで)。

 オ 控訴人Y2は,同月16日,被控訴人から,発言者が被控訴人の勤務先まで知っていて,脅迫を受けており,当面,被控訴人の氏名(ハンドル名を含む。)を明らかにして削除することはしないようにとの電子メールを受け,同月20日,被控訴人と電話で話し合い,削除が被控訴人の要請によることを付記することはしないものの,会員から質問があれば,要請がなかったと説明するとの約束をすることはできないと応答し,被控訴人から,信頼できる人に相談するので,発言削除は待って欲しいとの回答を受けた(同86頁から88頁まで)。

 カ 控訴人Y2は,同年2月15日,被控訴人訴訟代理人から,本件発言(二)符号6から11までが被控訴人の名誉を毀損するとして削除するよう求められ,本件フォーラムの7番会議室から削除する措置を講じ,同年4月,本件訴訟の提起を受け,控訴人ニフティとも相談の上,同年5月25日,被控訴人訴訟代理人の指摘する本件発言(先に削除したものを除く。)について,本件フォーラムの電子会議室の登録から外した(同88頁から90頁まで)。

 (4) 控訴人Y2の削除義務違反

 先に認定した本件の事実経過及びシスオペの削除義務を前提とすると,本件において,控訴人Y2について,シスオペとしての削除義務に違反したと認めることはできない。その理由は,以下のとおりである。

 ア 本件発言中,前記認定のとおり,被控訴人の社会的評価を低下させ,名誉感情を害するものは,本件発言が仮想空間においてされているものの,あたかも公衆の面前と同様に多数の者の知ることのできる態様によりされており,被控訴人に対する名誉毀損及び侮辱の不法行為が成立する。

 イ 控訴人Y2は,削除を相当とすると判断される発言についても,従前のように直ちに削除することはせず,議論の積み重ねにより発言の質を高めるとの考えに従って本件フォーラムを運営してきており,このこと自体は,思想について議論することを目的とする本件フォーラムの性質を考慮すると,運営方伝として不当なものとすることはできない。

 ウ 控訴人Y2は,会員からの指摘又は自らの判断によれば,削除を相当とする本件発言について,遅滞なく控訴人Y1に注意を喚起した他,被控訴人から削除等の措置を求められた際には,対象を明示すべきこと,対象が明示され,控訴人ニフティも削除を相当と判断した際は削除すること,削除が被控訴人の要望による旨を明示することを告げて削除の措置を講じる手順について了解を求め,被控訴人が受け入れず,削除するには至らなかったものの,その後,被控訴人訴訟代理人から削除要求がされて削除し,訴訟の提起を受け,新たに明示された発言についても削除の措置を講じており,この間の経過を考慮すると,控訴人Y2の削除に至るまでの行動について,権限の行使が許容限度を超えて遅滞したと認めることはできない。

 エ 控訴人Y1の本件発言中,名誉毀損及び侮辱の不法行為となるものは,議論の内容とはおよそ関わりがなく,これに対して反論するなどして対抗することを相当とするような内容のものではない。控訴人Y2は,シスオペとして,その運営方法についての前記考えに従い,このような発言についても,発言者に疑問を呈した他,会員による非難に晒し,会員相互の働きかけに期待し,これにより,議論のルールに外れる不規則発言を封じることをも期待したことが窺われ,このような運営方法についても不相当とすべき理由は見あたらない。殊に,控訴人Y1の発言中には,思想を扱うフォーラムにおいて,異見を排除したり,同控訴人についての個人的な情報を信義に悖る方法で得たりした被控訴人に対する非難が含まれており,被控訴人において弁明を要する事柄にも関係しており,一方的に控訴人Y1のみを責めることのできない事情が認められる。これらをも考慮すると,控訴人Y1の不法行為となる本件発言が議論の内容と関わりがなく,反論すべき内容を含まないからといって,控訴人Y2が削除義務に違反したと認めることもできない。

 4 争点(3)(控訴人ニフティの責任)について

 (1) 控訴人ニフティは,前記のとおり,控訴人Y2についての削除義務違反が認められない以上,これを前提とする使用者責任を負わないことは明らかである。

 (2) 被控訴人は,会員規約上,控訴人ニフティ及びシスオペに対して削除権限を定めていることをもって,個々の会員に対して誹謗中傷等の発言を削除する義務を負うなどと主張しているが,前提事実で認定したとおり,控訴人ニフティと会員との間においては,会員規約に基づき,控訴人ニフティが会員に対し,ニフティサーブというパソコン通信ネットワークを利用することができる権利を与え,その対価として,当該会員が,控訴人ニフティに対し,一定の利用料を支払うことを主旨とする契約であり,また前記会員規約第18条の削除規定に照らしても,控訴人ニフティが被控訴人主張の安全配慮義務又はその他の契約上の義務を負うとは認められず,債務不履行に基づく損害賠償請求は,理由がない。

 5 争点(4)(損害額及び謝罪広告掲載の要否)

 (1) 不法行為となる本件各発言の内容,本件フォーラムに書き込まれた期間,態様は執拗で,被控訴人個人に対する攻撃とも評価できること,会員が上記各発言を読むことが可能であった期間,本件フォーラムの会員数(控訴人Y2がシスオペに就任した当時,6000人程度であったが,実際にアクセスする会員は少ない状態にあった。(原審控訴人Y2本人))のほか,本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,控訴人Y1の名誉毀損及び侮辱により被控訴人の被った精神的苦痛の慰謝料としては,40万円が相当である。

 (2) 本件の訴訟経緯,認容額等諸般の事情を考慮すると,前記不法行為による弁護士費用相当の損害としては,10万円が相当である。

 (3) 被控訴人の損害を回復させるための謝罪広告については,本件の名誉毀損等の内容,程度,本件訴訟の経緯等に照らし,必要性があるとまでは認め難い。

 6 争点(5),(6)(原審反訴関係)

 控訴人Y1は被控訴人に対し,[1] スクランブル事件によって名誉を毀損された,[2] 被控訴人が本件フォーラムのRT会議室において控訴人Y1のプライバシーを侵害する発言をしたとして,不法行為に基づく損害賠償を求めているが,原判決事実及び理由「第四の三 反訴関係の争点について」欄(原判決119頁2行目から同122頁3行目まで)説示のとおり,被控訴人の行為が不法行為であると認めることはできない。


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作成責任者:Y.Machimura
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