第三 争点についての当事者の主張

(原審本訴関係)

 1 被控訴人の主張

 (1) 控訴人Y1の責任

 被控訴人は,当審において,主張を一部変更し,発言の一部が侮辱又は脅迫に当たると主張した。

 ア 被控訴人は,ニフティサーブで会員情報を公開し,控訴人ニフティの発行する雑誌(平成5年9月号)においても「C**」が被控訴人であることが明らかにされており,控訴人Y1も発言中で「C**」が被控訴人であることを明言していたことなどから,本件フォーラムに参加したニフティの会員なら「C**」が被控訴人であることを認識し得た。

 イ 控訴人Y1は,本件フォーラムの電子会議室において,本件発言(一)から(五)までをし,被控訴人の社会的評価を低下させて名誉を毀損し,限度を超えて被控訴人の名誉感情を害して侮辱し,又は被控訴人を畏怖させて脅迫した。

 ウ 控訴人Y1は,故意又は過失により,本件発言(一)から(五)までをしており,不法行為に基づき,被控訴人の損害を賠償する責任を負う。

 (2) 控訴人Y2の責任

 ア 控訴人Y2が,名誉毀損,侮辱及び脅迫である本件発言(一)から(五)までを削除すべき条理上の作為義務を負うことは,原判決事実及び理由第三の一1(二)控訴人Y2の責任欄(1)(原判決13頁3行目から15頁2行目まで)記載のとおりである。

 イ 控訴人Y2は,本件発言(一)から(五)までについて,別紙3一覧表(一)から(三)までのとおり名誉毀損,侮辱及び脅迫であるとの認識を持ち,具体的に知ったにもかかわらず,その後上記各日時から運営者との協議を含めて対応のため最大限要する10日間を経過しても各発言を削除せず,条理上の作為義務に違反し,被控訴人に損害を与えた。

 (3) 控訴人ニフティの責任

 控訴人ニフティが,控訴人Y2の使用者責任又は同人を履行補助者とする安全配慮義務違反による若しくは独自の削除義務違反による債務不履行責任を負うことは,原判決事実及び理由第三の一1(三)控訴人ニフティの責任欄(原判決15頁8行目から同22頁6行目まで)記載のとおりである。但し,名誉毀損等の被害を受けた会員に対し,加害者である会員の氏名及び住所を開示する義務(原判決18頁末行から同19頁初行まで,同21頁5行目から同22頁3行目まで)に関する主張については,これを撤回した。

 (4) 被控訴人の当審主張

 ア 脅迫関係について

 あ 控訴人Y1は,被控訴人に対し,本件発言(二)符号1,同10,同11,本件発言(五)を行い,これによって被控訴人を充分畏怖させるに足りる内容の害悪の告知をしており,電子会議上の他の会員が畏怖するに足りるかどうかを問わず不法行為(脅迫)責任を負う。

 い 控訴人Y2は,[1] すでに損害発生の原因となる脅迫的発言がされており,被害者がこれを閲覧すれば必ず畏怖して損害が発生する高度の蓋然性があり,[2]シスオペが,被害発生を事前に防止しうる立場にあり,[3] 当該脅迫的発言の存在を具体的に知った以上,知ったときから10日以内に削除して被害者への到達を阻止し,もって結果発生を事前に防止すべき条理上の作為義務を負う。

 う 控訴人ニフティは,シスオペである控訴人Y2の上記不法行為について使用者責任を負う。また,控訴人ニフティは,主宰者として独自の削除義務を負っており,かつ,会員である被控訴人に対する安全配慮義務も負う。

 イ 損害額について

 原判決の認容した額は,不当に低額である。控訴人Y1の発言は,激烈な表現に満ち,被控訴人の人格を徹底的に破壊する誹謗中傷又は脅迫であり,その目的も専ら被控訴人の人格に対して攻撃を加えることにあり,その態様も長期間に亘り計45回も執拗に繰り返され,被控訴人の社会的評価を著しく低下させており,被害者救済のためにより高額な賠償額を算定すべきである。控訴人Y2及び控訴人ニフティは,被控訴人側からの再三の削除要請にもかかわらず,意図的に放置しており,控訴人Y1の不法行為を助長し,被控訴人の損害を著しく拡大させており,控訴人Y1の責任と大差はない。しかも,本件発言(一)から(五)までは,明らかに表現の自由の範囲を逸脱した名誉毀損等の表現行為であることなどに照らして,慰謝料の額は900万円,弁護士費用の額は100万円が相当である。

 ウ 謝罪広告について

 原判決が謝罪広告を認めなかったのは,不当である。被控訴人は,フリーランスの著述家として活動し,本件発言(一)から(四)までにより社会的評価を著しく低下させられており,その影響は発言の舞台となったパソコン通信において顕著であって,金銭賠償のみでは充分に回復されず,上記掲載条件での謝罪広告の必要性は優に認められる。

 2 控訴人Y1の主張

 (1) 控訴人Y1の主張は,次に当審の主張を付加するほか,原判決事実及び理由第三の一2控訴人Y1の主張(原判決23頁8行目から同32頁10行目まで)記載のとおりである。

 (2) 控訴人Y1の当審主張

 ア 本件発言(一)から(四)までは,文脈の中で理解されるべきであり,発言がされるに至った経緯及び状況を斟酌すれば,類型的に名誉毀損等に当たる程度の違法性を具備していない。

 イ 本件発言(一)から(四)までは,仮に名誉毀損・侮辱に当たるとしても,次のとおり公正な論評として違法性が阻却される。すなわち,本件発言(一)から(四)までは,[1] 被控訴人が,独自のフェミニズム思想を主張しながら,実際には差別的思想を持つ人物であるとの批判,[2] 被控訴人が生涯学習フォーラムにおいて「フェミニスト・フォーラム」を設立し,ニフティの無料使用権を取得しながら,公的な場であるフォーラムにおいて,自らの意見と異なる意見を排除するような専横的な運営方法を実施していることに対する批判,[3] 被控訴人が控訴人Y1に対して「部落と朝鮮は怖い」と発言したり,プライバシーを暴露するなど不当な行為をしたりしたこ とに関する抗議を内容とする。

 ウ 論争における対抗言論の法理について

 あ 自らの意思で社会に向かって発言する者は,当然,自己の発言・主張が反対の立場の者から批判され,反論されることを覚悟しなければならない。名誉毀損となる人格攻撃がされたとしても,批判や反論は,論争点に関連している限り,許容される。節度を越えたかどうかは,論争の聴衆によって判断され,論争の場に自ら身を置いた以上,批判には対抗言論で答えるべきであり,公権力を借りて批判を封じるようなことは,よほどのことがない限り許されない。

 い 被控訴人は,思想に関して自由な討論が予定されていた現代思想フォーラムの中で,意見の対立が容易に予想されるフェミニズム会議室の公開討論に自ら参加し発言した以上,ある程度激しい批判を覚悟して参加すべきであり,いつでも自由に反論できた。本件発言(一)から(四)までは,単なる人格攻撃ではなく,控訴人Y1が批判する主題との関連から公正な論評として許容され,違法性が阻却される。

 エ 当審で追加された脅迫の主張について

 本件発言(二)符号1,同10,同11,本件発言(五)は,内容自体いずれも脅迫に当たらないし,被控訴人の主張によっても,害悪の告知が被控訴人に到達したとの主張・立証がされていない。

 3 控訴人Y2の主張

 (1) 控訴人Y2の主張は,次に当審の主張を付加するほか,原判決事実及び理由第三の一3控訴人Y2の主張(原判決32頁末行から同46頁10行目まで)記載のとおりである。

 (2) 控訴人Y2の当審主張

 ア シスオペには,会員規約上,会員の発言を削除する権限が付与されているが,権限であって,義務に転換することはない。

 イ 条理上,シスオペに削除義務が発生するには,本件フォーラムの性質上表現の自由が最大限尊重される必要があること,言論には言論で対抗すべきこと等から発言の削除に抑制的であるべきで,かつ相手方の自己決定権が尊重されるべきであって,[1] 誰の目から見ても名誉を毀損する発言であり,[2] 発言の相手方が発言を特定して削除の要求をし,[3] シスオペ以外の者(例えば,当該発言者)が削除できない状態にある場合に限られる。

 ウ 仮に控訴人Y2に何らかの作為義務違反があったとしても,控訴人Y2に過失はない。ネットワーク上の名誉毀損等の可能性のある発言については,当該発言の相手方等からの抗議や反論が極めて有効であり,事後的な救済手段しかない既存のメディアと異なり,多様な対応が考えられる上,シスオペは,あくまで事後的な判断者であり,正確性の保障されない情報に基づいて削除すると会員の発言権や自己決定権を奪うことにもなりかねず,いわゆる義務の衝突状態にある。したがって,シスオペは,当該発言の相手方の利益を明らかに害する処理方針をとったなどという明らかに合理性のない対処を行った場合を除いて,相手方の利益にそう措置として一応の合理性がある選択をした限り,過失がない。

 4 控訴人ニフティの主張

 (1) 控訴人ニフティの主張は,次に当審の主張を付加するほか,原判決事実及び理由第三の一4控訴人ニフティの主張(原判決46頁末行から同60頁10行目まで)記載のとおりである。但し,控訴人ニフティと控訴人Y2の間の指揮監督関係が存在しないとの主張(原判決49頁9行目から同51頁初行まで)は,当審で撤回した。

 (2) 控訴人ニフティの当審主張

 原判決がシスオペである控訴人Y2について条理上の作為義務として削除義務を認めたのは,誤りである。けだし,[1] 条理を作為義務の根拠とする際には,その基準は不明確であるから,作為義務の認定判断は慎重に行なわなければならない。[2] 裁量権の不行使は,それが著しく不合理である場合に限り違法となるにすぎない。本件において,現代思想フォーラムの状況に照らし,削除権限を行使しない判断は合理的であり,原判決が控訴人Y2の作為義務違反を肯定した平成6年2月15日(この時期に平成5年12月2日から同月23日にかけての発言(本件発言(二)符号6から11までの各発言)が削除された。)又は同年5月25日までの間において,削除対象発言が明確ではなく,削除について期待可能性が認められず,シスオペである控訴人Y2の削除義務は,未だ生じていない。

(原審反訴関係)

 原審反訴関係の当事者(控訴人Y1及び被控訴人)の主張は,原判決事実及び理由第三の二反訴関係欄(原判決60頁末行から同63頁4行目まで)に記載のとおりである。但し,原判決61頁8行目の「右一2(2)[3]のとおり」を「右一2(一)(2)[3]のとおり」に改める。


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作成責任者:Y.Machimura
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