第3 争点に対する判断

1 [神名の不法行為責任成否]


 原告は,神名の各行為が,原告に対する不法行為に当たることを前提に,被告に対し,損害賠償及び神名の個人情報開示を求めている。そこで,まず,神名の各行為が,原告に対する不法行為に当たるか(争点(1))につき検討することにする。

(1) 名誉毀損ないし侮辱を理由とする不法行為の成否について

   ア パソコン通信上の表現行為の特性

(ア) 神名の本件発言1ないし7(以下「本件各発言」という)は,いずれも被告が提供するパソコン通信サービス上の本件フォーラム会議室又はパティオで行われている。

(イ) パソコン通信上の表現行為が,人の名誉ないし名誉感情を毀損したと認められるような場合には,表現行為者は,対象者に対し,不法行為に基づく責任を負うと解するのが相当である。

 しかし,証拠(甲35,36)及び弁論の全趣旨によれば,[1] 本件各発言が行われたフォーラムやパティオは,同じ趣味や共通のテーマに関心を持つ会員が集まり,議論を行ったり,情報を交換したりする場所であること,[2] フォーラムやパティオに書き込まれる発言は,一般に,フォーラムやパティオの会員等特定の人に限り理解することが可能な表現が多く用いられ,当該フォーラム,パティオに書き込まれた過去の発言を前提にしていることも少なくないから,不特定多数の第三者が,フォーラムやパティオでの発言内容を即時に把握することは容易ではないことが認められる。

 したがって,フォーラムやパティオに書き込まれた発言が人の名誉ないし名誉感情を毀損するか否かを判断するに当たっては,問題の発言がされた前後の文脈等に照らして,発言内容が不特定多数の第三者に理解可能か否か,当該発言内容が真実と受け取られるおそれがあるか否かを判断の基礎とする必要がある。

(ウ) 加えて,言論による侵害に対しては,言論で対抗するというのが表現の自由(憲法21条1項)の基本原理であるから,被害者が,加害者に対し,十分な反論を行い,それが功を奏した場合は,被害者の社会的評価は低下していないと評価することが可能であるから,このような場合にも,一部の表現を殊更取り出して表現者に対し不法行為責任を認めることは,表現の自由を萎縮させるおそれがあり,相当とはいえない。

(エ) これを本件各発言がされたパソコン通信についてみるに,フォーラム,パティオヘの参加を許された会員であれば,自由に発言することが可能であるから,被害者が,加害者に対し,必要かつ十分な反論をすることが容易な媒体であると認められる。したがって,被害者の反論が十分な効果を挙げているとみられるような場合には,社会的評価が低下する危険性が認められず,名誉ないし名誉感情毀損は成立しないと解するのが相当である。

 また,被害者が,加害者に対し,相当性を欠く発言をし,それに誘発される形で,加害者が,被害者に対し,問題となる発言をしたような場合には,その発言が,対抗言論として許された範囲内のものと認められる限り,違法性を欠くこともあるというべきである。

(オ) 以上のようなパソコン通信上の表現行為の特性に照らすと,パソコン通信上の発言が人の名誉ないし名誉感情を毀損するか否かを判断するに当たっては,発言内容の具体的吟味とともに,当該発言がされた経緯,前後の文脈,被害者からの反論をも併せ考慮した上で,パソコン通信に参加している一般の読者を基準として,当該発言が,人の社会的評価を低下させる危険性を有するか否か,対抗言論として違法性が阻却されるか否かを検討すべきである。

 そこで以下,このような観点から,本件各発言が原告に対する名誉毀損ないし侮辱行為に当たるかにつき検討する。

   イ 本件各発言の検討

(ア) 本件発言1について

a 別表1符号4記載のとおり,神名は,本件発言1で,会議室が妄想系の人物ばかりであると指摘していること,前記指摘の直前で,原告について,少々自意識過剰であるとも発言しているから,妄想系の人物の中には,原告も含まれていると理解することができる。よって,本件発言1の内容それ自体は,原告に対する侮辱的な表現であると認めることができる。

b しかし,前記争いのない事実等及び証拠(甲3の1,甲37)並びに弁論の全趣旨によれば,本件発言1は,原告が,神名の発言(別表1符号2ほか)を原告に対する個人的侮辱だと指摘したこと(別表1符号3)を契機に発言されたものだと認められるところ,問題とされた神名発言は,原告に対する発言ではなく,その内容も原告を個人的に侮辱する表現とは認められない。したがって,神名が,原告の前記指摘に対し,少々自意識過剰であるとし,それにカロえて,妄想系であると発言したことも許容される表現であると認めるのが相当である。

c 更に,証拠(乙10の1)によれば,原告は,本件発言1の後に,本件フォーラムで,「もう一つ,ここに許されざる形の妄想がある。それは神名さん,貴方ご自身の妄想です」,「徹底的に相手を貶めた心象を一応,公式の場で披露する,貴方の精神の脱ぎっぷりには脱帽します。ここまで書けば,反感を買うなんてもんではなく,言った当人の精神構造が異常だと確信させてしまうものだからです」,「神名さんの底知れぬ悪意に反吐が出ます」と発言しており(別表1符号5),これらの発言内容は,本件発言1に対抗する言論として必要かつ十分なものであり,本件発言1の直後に行われているから,本件発言1により原告の社会的評価が低下する危険性は消滅したと認めるのが相当である。

d 以上によれば,本件発言1は,原告に対する名誉毀損及び侮辱に当たらないと認めるのが相当であり,この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

(イ) 本件発言2について

a 別表1符号13記載のとおり,本件発言2は,原告の本件フォーラムでの発言が,妄想電波混じりの虚偽の発言であると指摘し,原告に対し,発言を控えるよう求めるという内容であり,本件発言2自体は,原告に対する侮辱的表現であると認められる。

b しかし,前記争いのない事実及び証拠(乙10の3)並びに弁論の全趣旨によれば,本件発言2は,「私が神名さんを暗に異常扱いしているのは,これは別物です。この人を私が,ネット犯罪者予備軍だと考えているからです。」,「阿蘇さんという,明らかなネット犯罪者がかつてこのフォーラムにいました。その人と同じ行動ばかり取る,神名さんは『ネット犯罪者予備軍」と言えてしまう。だから,『異常だ』とかほのめかしているだけです。」,「ちなみにこういう書き込みをしている私自身も,ネット犯罪者と断定されてもしかたがないですね。」,「神名さんや阿○さんもどきの人がが(ママ)出てくると,また出てくるかも」という原告発言(別表1符号12)に対するコメントであり,原告の発言がその契機になっていることが認められる。

c そして,原告の前記bの発言が,神名について,「ネット犯罪者予備軍」であるというように過激な指摘をしているのに対し,本件発言2は,妄想電波混じりの虚偽の発言であると反論するにとどまっているから原告の発言に対抗する正当な言論の行使として許された表現行為の範囲内であると解するのが相当であり,違法性が阻却されていると認めるのが相当である。

 また,本件発言2と原告の前記発言をみたパソコン通信に参加している一般の読者は,原告と神名が本件フォーラム上で論争しており,本件発言2は,その一環として発言されていると理解するものと推認することができるから,本件発言2の内容が真実であるとは考えず,本件発言2によって原告の社会的評価は低下しないと解される。

d 加えて,本件発言2に対する原告のコメント(別表1符号14)は,やおい小説(主に女性が読むための男性同士の恋愛を扱った小説)に対する神名の個人的回答を求める内容に終始しており,原告自身,当時は,本件発言2について,さほど問題にする意思はなかったことが推認できる。

e 以上本件に顕れた諸事情を総合勘案すると,本件発言2は,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たらないと認めるのが相当であり,この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

(ウ) 本件発言3について

a 別紙1符号19記載のとおり,本件発言3は,原告を精神的文盲であると指摘し,原告に対し,文字が読めているか確認する内容であるから,本件発言3それ自体は,原告に対する侮辱的表現であると認められる。

b しかし,前記争いのない事実等及び証拠(乙11)並びに弁論の全趣旨によれば,本件発言3は,「他人の肩書きをあげつらっておいて,自分は何者なのか一切話せない人の言うことは信用しても無駄だけど。悔しかったら言えるもんならちゃんと言ってご覧なさい。『神名さん=帰国子女でよく日本語を知らない主婦』に一票」との原告の発言(別表1符号17)に対するコメントであり,原告の前記挑発的な発言に対する反論としては相当な言論行使の範囲内であると認められるから,違法性が阻却されているというべきである。

c 更に,証拠(乙11)によれば,原告は,本件発言3に対して,「ちょっと留守にするといい加減なことばかりほざいて,大変な人だな」とコメントするなど(別表1符号21)していることが認められ,必要かつ十分な反論をしており,本件発言3により,原告の社会的評価は低下していないと解するのが相当である。

d 以上本件に顕れた諸事情を総合勘案すると,本件発言3は,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たらないと認めるのが相当であり,この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

(エ) 本件発言4について

a 別表1符号20記載のとおり,本件発言4は,原告を日本語すらまともに綴ることも読むこともできない同情に値する人物であり,自称東大卒というが他の東大卒に対して名誉毀損であると指摘しており,本件発言4それ自体は,原告に対する侮辱的な表現であると認められる。

b しかし,前記争いのない事実等及び証拠(乙11)並びに弁論の全趣旨によれば,本件発言4は,前記(ウ)bの原告発言(別表1符号17)に対するコメントであり,原告の発言自体,神名に対して日本語をよく知らない主婦であると指摘するなど侮辱的な表現が用いられていること,本件発言4の直前に,原告は,神名が原告の間違いを指摘したことに関し,「『小中学校で児童・生徒の苛めの対象となっている憂さをネットで晴らす,変態的国語教師』みたいで私は嫌ですね。そういう変態よりは,きっぱり個人の趣味として社会的責任をもった上で,SMやったり全員合意の上でスワッピングでもしている方々の方が,変態度は遙かに低いと私は思います(^^)v。ところで,他人の経歴肩書きをあげつらうだけあげつらう神名さん,貴方のご職業は名乗れないような恥ずかしいものなんだね(^^)v。だから言えないんだよね。言える人に焼き餅を焼くんだよね。神名さんてかわいそう(;_;)」と発言しており(別表1符号18),その発言内容は過激かつ神名に対する著しい侮辱表現であると認められる。本件発言4は,この原告発言に対する対抗言論として発言されているものと推認することができ,原告発言が著しい侮辱発言である以上,ある程度,神名の原告に対する表現が過激になっても許されると解され,本件発言4の内容は,許容された範囲内の表現であるから違法性が阻却されていると解するのが相当である。

c また,原告は,前記(ウ)認定のとおり,本件発言4の後,「ちょっと留守にするといい加減なことばかりほざいて,大変な人だな」(別表1符号21)という発言をしており,必要かつ十分な反論をしていると認められる。

d 以上本件に顕れた諸事情を総合勘案すると,原告は本件発言4に対し必要かつ十分な反論をしており,本件発言4は,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たらないと認めるのが相当であり,この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

(オ) 本件発言5,6について

a 原告は,本件発言5,6に関し,読む者に,原告が虚言を用いて神名を糾弾しているとの誤った印象を与えるものであると主張する。しかし,別表1符号22,23記載のとおり,本件発言5,6には,抗議をしているのは原告であるとは明示されていないし,その前後の文脈をみても,本件発言5,6が,原告に対するコメントであることが明らかだとはいえない。よって,本件発言5,6により,原告の社会的評価が低下するおそれがあるとは認められない。

 もっとも,原告と神名が本件フォーラムにおいて,論争していることを知る者には,「電波直撃」,「電波障害」という表現が,原告を意識して発言されていることは理解可能だと思われる。しかし,前記(ア)ないし(エ)で認定したとおり,神名の各発言に対し,原告は,必要かつ十分な反論をしており,本件発言5,6により,原告の社会的評価が低下するおそれがあるとは認められない。

b 以上本件に顕れた諸事情を総合勘案すると,本件発言5,6は,原告に対する名誉毀損ないし侮辱には当たらないと認めるのが相当であり,この判断断を左右するに足りる証拠は存在しない。

(カ) 本件発言7について

a 別表1符号26記載のとおり,本件発言7は,原告を禁治産者であるとし,禁治産者は裁判を起こせないのではないかと指摘している。また,原告が起こそうとしている裁判は妄想による申立てであると指摘しており,本件発言7の表現それ自体は,原告に対する侮辱的な表現に当たると認められる。

b しかし,証拠(乙12)によれば,本件発言7は,神名を「悪質ネットワーカー」と指摘した原告の発言(別表1符号25)を契機として行われたものであることが認められ,また,原告は,前記(ア)ないし(オ)認定のとおり,神名に対し,必要かつ十分な反論をしてきていることをも考慮すると,原告の社会的評価は,本件発言7により,低下する危険性はないと認めるのが相当である。加えて,証拠(乙12)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件発言7に対し,「イエローカード1枚目(^^;),イエローカード制ですが当然2枚で退場です。」と発言していること(別表1符号27)からも推認できるように,本件発言7がされた当時は,殊更,この発言内容を問題にする意思はなかったことが認められ,本件発言7は,不法行為と認めるまでの違法性はないと解するのが相当である。

c 以上本件に顕れた諸事情を総合勘案すると,本件発言7は,原告に対する名誉毀損ないし侮辱には当たらないと認めるのが相当であり,この判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

  (2) プライバシー侵害あるいは嫌がらせを理由とする不法行為の成否について

   ア プライバシー侵害について

 (ア) プライバシー侵害による不法行為が成立するためには,公表された事柄が,[1]私生活上の事柄又はそのように受け取られるおそれのある事柄であること,[2]一般人の感受性を基準にして公開を欲しないと認められる事柄であること,[3]一般人に未だ知られていない事柄であること,さらには,[4]公表された事柄をみた一般人が,特定の人物を指していると認識できることが必要である。そこで以下,このような観点から,神名の発言が,原告のプライバシーを侵害したか否かにつき検討する。

 (イ) 前記争いのない事実等及び証拠(甲4の1ないし27,同29,30,37,原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

  a 原告は,青森家庭裁判所八戸支部に対し,名を「[良子]」から「[世志子]」に変更する許可を申し立て,平成8年9月5日,許可された。

  b 神名は,別表2のとおり,平成10年6月20日に「神名[よしこ]」のハンドル名で,同年12月11日に「神名[世志子]」のハンドル名で,同11年1月26日から同年7月23日にかけて「神名[世士子]」のハンドル名で発言した.

  c 原告は,平成11年1月26日,FBOOKCの会議室で,本件フォーラムのスタッフに対し,ハンドル名を「A〜E」から本名である「X[世志子]」に変更し,「神名[世士子]」のハンドル名を用いた神名発言の保留を求めた。

 (ウ) 以上の認定事実及び弁論の全趣旨をもとに,本件を検討してみるに,[1]「神名[よしこ]」,「神名[世志子]」,「神名[世士子]」というハンドル名をみたパソコン通信に参加している一般の読者は,当該各ハンドル名が,実在する特定の人物の名前を指しているとは考えないであろうこと,[2] 神名が用いた各ハンドル名は,原告の本名と完全に−致せず,一般の読者の感受性を基準にすると,公開を欲しない事柄とはいえないこと,[3] 原告は,神名が各ハンドル名を使用する以前に,ハンドル名「阿蘇慧」「うちださん」,「安達B」等不特定多数の人物に対し,本名でメールを送り(乙12),また,公開のフォーラム上で周囲に原告自身の学歴が判明する議論をしており(甲5の1),原告自身,パソコン通信上で匿名が維持されることを必要不可欠の要件として希望していたというには疑問が残ること,[4] 原告の本名が非常に稀で,「[よしこ]」,「[世志子]」,「[世士子]」と指摘すれば,原告と面識のない第三者も原告を指していると認識することは困難であること,[5] 神名が,パソコン通信上で,原告あるいは「A〜E」のハンドル名を使用している人物と「[世志子]」,「[世士子]」,「[よしこ]」を結びつけるような発言をしたり,原告の他のプライバシーを暴露したことを認めるに足りる証拠はないことがそれぞれ認められる。そうだとすると,神名の行為は,原告のプライバシーを侵害したとは認められず,この点に関する原告の主張は理由がないということになる。

   イ 嫌がらせ行為について

 (ア) 次に,神名の行為が,原告に対する嫌がらせに当たるか否かについて検討する。証拠(甲4の1,同29,37,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,神名が,「神名[よしこ]」というハンドル名を初めて使用したのは,原告と本件フォーラム上で論争を始めた後であることが認められるから,神名が,原告の本名を知った上で,原告の本名に類似したハンドル名を使用した可能性自体は否定できない。しかし,前記ア認定のとおり,神名が使用した各ハンドル名は,原告個人を特定するような内容とは認められないし,一般読者の感受性を基準とした場合,神名の行為をもって不法行為を構成するほどの権利侵害があったと認めることは困難というほかない。

 (イ) 以上によれば,神名の行為が原告に対する嫌がらせに当たることを理由とする原告の主張は理由がないということになる。


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作成責任者:Y.Machimura
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