2 争点

  (1) 神名の行為は,原告への名誉段損,侮辱,プライバシー侵害,嫌がらせに当たり,原告に対する不法行為が成立するか。

   【原告の主張】

ア 名誉毀損及び侮辱について

(ア) 神名は,平成10年3月21日,FBOOKCにおいて,原告に対し,別表1符号4記載のとおり,「やれやれ,妄想系ばっかりかい,この会議室(笑)?」と発言した(以下「本件発言1」という)。
 本件発言1は,これを読む者に,原告があたかも,被害妄想をもって神名を弾劾しているとの印象を与えるもので,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たる。

(イ) 神名は,平成10年3月29日,FBOOKCにおいて,原告に対し,別表1符号13記載のとおり,「最低でも妄想電波混じりの虚偽の発言だけでもお控え下されば幸いです。」と発言した(以下「本件発言2」という)。
 本件発言2は,これを読む者に,原告の発言が虚偽で妄想に満ちているとの印象を与えるもので,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たる。

(ウ) 神名は,平成10年12月9日,FBOOKAにおいて,原告に対し,別表1符号19記載のとおり,「あなたの妄想特急の勢いには,ほとほと感服いたします。ご病状が悪化しているのでなければよろしいのですが。精神的文盲というものが存在するのではないかと思い始めた今日この頃です。レスにしろ辞書にしろ,きちんと字が読めてますか,A〜Eさん?」との発言をした(以下「本件発言3」という)。
 本件発言3は,これを読む者に,原告の反論が的外れであり,その原因が原告の精神的障害に基づくものであるとの印象を与えるもので,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たる。

(エ) 神名は,平成10年12月9日,FBOOKAにおいて,原告に対し,別表1符号20記載のとおり,「日本語さえまともに綴れない・読めない『自称東大卒』に至っては,むしろ同情すらしております(自称・病気だそうだからしかたないんだろうけど。他の本物の東大卒に対して名誉毀損だよな)。」との発言をした(以下「本件発言4」という)。
 本件発言4は,これを読む者に,原告が自己の学歴を偽っておりいる*ママ*との印象を与えるもので,また,原告の主張及びその発言内容が日本語として体をなしていないとの発言により,原告は侮辱された。よって,本件発言4は,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たる。

(オ) 神名は,平成10年12月4日,バトルウオッチャーパティオにおいて,別表1符号22記載のとおり,「電波直撃」との題で発言した(以下「本件発言5」という)
 本件発言5は,これを読む者に,原告が虚言を用いて神名を糾弾しているとの印象を与えるもので,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たる。

(カ) 神名は,平成10年12月4日,バトルウオッチャーパティオにおいて,別表1符号23記載のとおり,「電波障害(爆)がそちらに行っちゃいましたか」との発言をした(以下「本件発言6」という)。
 本件発言6は,これを読む者に対し,原告の発言が根拠のない誤った妄想であるとの印象を与えるもので,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たる。

(キ) 神名は,平成11年2月12日,原告パティオにおいて,別表1符号26記載のとおり,「禁治産者って裁判起こせないんじゃなかったっけ(笑)?」,「証拠提示なき妄想申立を,果たして裁判所が受理するか,私も非常に楽しみです。」との発言をした(以下「本件発言7」という)。
 本件発言7は,これを読む者に,原告が禁治産者であるとの虚偽の事実を摘示し,また,原告の申立てが妄想に基づくものであるとの印象を与えるもので,原告に対する名誉毀損ないし侮辱に当たる。

イ プライバシー侵害及び嫌がらせについて

(ア) 神名は,ハンドル名を「神名[よしこ]」,「神名[世志子]」,「神名[世士子]」として,本件フォーラム及びパテイオで発言することにより,ハンドル名「A〜E」が原告であり,その本名がX[世志子](若しくは[世志子])であるとの事実を公開した。原告の本名は個人情報であり,情報をコントロールする権利は原告にある。神名は,敢えて原告の本名をハンドル名に使用することで,原告の情報コントロール権を侵害した。
 原告は,パソコン通信における公開発言の場では一切本名を使用することはなかった。神名は,原告に対し,本名を含む原告のプライバシーを掌握しており,それらをいつでも公開できると誇示して,精神的障害を持つ原告に大変な苦痛を与えた。更に,神名の行為は,「A〜E」が原告であることを知っている本件フォーラムのメンバーに対して,神名と原告は同一人物であるとの混同を引き起こしてもいる。

(イ) 以上によれば,神名の各行為は原告に対するプライバシー侵害及び嫌がらせ行為に当たり,神名は原告に対し不法行為責任を負う。

ウ 被告の主張に対する反論他人のプライバシーや名誉などの権利を侵害することは許されず,表現行為が不法行為に当たるかについては,個別具体的な表現行為が違法性を有するかについて検討すべきである。神名は,議論の流れの中で自己の主張を基礎づけるために,合理的な理由及び必要性があって原告の名誉を毀損し,プライバシーを侵害したのではない。敢えて原告に対する激烈な表現を使用し,原告を必要以上に揶揄したり,極めて侮辱的な表現を繰り返し行うなど,その内容はいずれも原告に対する個人攻撃に終始しており,その違法性の程度は強いものがある。

   【被告の主張】

ア 名誉毀損及び侮辱について

(ア) 原告は,神名が原告に対してした発言の一部分を取り上げ,名誉毀損ないしプライバシー権侵害であると主張する。しかし,原告が,取り上げた神名の原告に対する発言は,原告と神名とのやりとりのうち,神名の発言を一方的に取り上げたものにすぎない。

(イ) 原告と神名とのやりとり全体及びその流れを総合的に検討した場合,原告及び神名の各発言は,飽くまで原告と神名の言い争いの域を出るものではなく,本件フォーラム及びパティオではありがちな発言と判断できる程度のものであった。

(ウ) 以上のとおり,神名の各発言は,原告に対する名誉毀損ないし侮辱行為と評価されるものではない。

イ プライバシー侵害及び嫌がらせについて

(ア) 神名が,ハンドル名として用いた「神名[よしこ]」,「神名[世志子]」,「神名[世士子]」は,原告の本名である「X[世志子]」とは異なるし,「[世志子]」の名称が一般に非公知性のある名称であるか否か不明である。
 そもそも,原告が,平成11年1月26日,「[世志子]」が自分の本名であることを公表しなければ,その事実さえ第三者には全く不明であった。

(イ) 神名は,自らが使用した各ハンドル名が,原告の本名である「X[世志子]」と同一である旨の発言,混同を招く発言,原告の本名を暴露する発言などは一切していない。また,神名が,原告の本名を何らかの手段で知り,原告に対する嫌がらせの目的で前記(ア)の各ハンドル名を使用したと認めるに足りる根拠もない。

(ウ) 以上のとおり,神名が,本件フォーラム及びパティオにおいて,「神名[よしこ]」,「神名[世志子]」,「神名[世士子]」のハンドル名を使用したことは,何ら,原告のプライバシー権侵害行為及び嫌がらせ行為には当たらない。

  (2) 被告は,原告に対し,債務不履行責任ないし不法行為責任を負うか。

   【原告の主張】
 電通事業法1条が同法の目的として「利用者の利益の保護」を挙げていること,ニフティサーブ上で被害を受けた会員を保護することができる立場にあるのは被告のみであること,被告は会員に対して有償で各種サービスを提供していること等に照らすと,被告は,会員が,ニフティサーブの利用により犯罪あるいは不法行為の被害に遭遇しないように配慮し,損害の発生を未然に防止し,損害発生を防止できない場合には損害を最小限にくい止め,被害回復のために必要不可欠な措置を採るべき契約上の安全配慮義務を負っている。
 具体的には,被告は,会員の名誉やプライバシーを侵害する書き込みがないかを常時監視し,このような書き込みがされた場合にはこれを削除し,会員の損害を最小限度に押さえるべき義務を負っている。更に,被告は,不法な発言をした会員に対し,適切な指導をし,必要があれば,サービスの利用停止,除名などの処分をとり,被害者が加害者との直接的な紛争の解決を望む場合には,加害者の個人情報を開示するなどして紛争の解決に協力する義務を負っている。
 しかるに,本件では,被告は,原告の再三の申出にもかかわらず,これらの義務を怠っている。よって,被告は,原告に対し,債務不履行又は不法行為に基づき責任を負う。
   【被告の主張】

ア 安全配慮義務に対し被告の通信サービスに関する会員契約においては,被告は,原告が主張するような安全配慮義務を負っていない。のみならず,そもそも本件では,神名の発言は,原告に対する名誉毀損に当たらないから,安全配慮義務自体が問題とならない。また,健常人は,精神障害者に対し,精神的損害を被らせないよう配慮する義務があるという前提自体,法的には無理な主張である。

イ 注意義務違反に対し

(ア) 被告の調査によれば,[1] 原告が主張する神名の発言については,原告と神名の言い争いのようなものであり,原告の神名に対する発言の中にも刺激的な内容が含まれていること,[2] シスオペの措置により,原告と神名との間のトラブルは,一般参加者が閲覧することのできない特別会議室に移行させていること,[3] シスオペの措置により,自主的に神名による「[世志子]」というハンドル名の使用が止められていること,[4] 神名が原告に対する嫌がらせ目的で「[世志子]」のハンドル名を使用したとは確認できないことがそれぞれ判明した。

(イ) 原告の被告に対する要求は,神名の個人情報開示及び除名処分であるところ,かかる要求は何ら法的根拠のない不合理な要求にすぎない。よって,被告は,原告の前記要求に応じるべき義務はなく,応じなかったことにつき責任がない。

(ウ) また,訴外江下は,本件フォーラムのシスオペとして,神名の発言に対して適切に対処しており,原告に対しても,親身な対応をとっており,被告には責任はない。

  (3) 原告は,被告に対し,神名の個人情報について開示を求めることができるか。また,被告が,原告に対し,神名の個人情報について開示を拒絶することは正当か。

   【原告の主張】

ア 情報開示請求の法的根拠について

(ア) 名誉権は,その性質上,一旦侵害されると,侵害者による謝罪広告等がない限り,十分には回復せず,侵害された状態が継続する。本件でも,神名による謝罪広告等をまたない限り,侵害された原告の名誉権は回復しない。他方,本件のようなパソコン通信上での名誉毀損事件の特質として,プロバイダーである被告による加害者の情報開示がなければ,被害者が,加害者に謝罪を求めることは絶対に不可能であり,被害者の名誉権回復の機会は完全に失われる。

(イ) よって,被告が,原告の名誉権が侵害されたことを知りながら,合理的理由なく,神名の契約者情報を秘匿,隠蔽し続けることは,原告の名誉権に対する積極的,継続的な侵害行為に当たり,このような場合,原告は,被告に対し,侵害行為に対する人格権に基づく差止請求権あるいは不法行為に基づく妨害排除請求権を根拠に,神名の契約者情報の開示を請求することができると解すべきである。

イ 通信の秘密に関する被告の主張に対する反論

ID番号*****番という会員番号と契約者名等との結びつきは,単なる顧客情報であるにすぎない。また,会員規則12条には,会員がニフティサーブのサービス提供を受けるに当たり,損害を被っても,被告は免責されるとの規定があるから,被告は,神名の個人情報を開示しても会員に対し何ら責任を負わない。以上によれば,電通事業法4条の通信の秘密における守秘義務を根拠に神名の個人情報開示を拒否する被告の主張には理由がない。

   【被告の主張】

ア 情報開示請求の法的根拠について不法行為に基づく妨害排除請求を根拠に契約者情報開示請求が可能であるとは解されない。また,人格権侵害に基づく請求は,人格権侵害状態を除去又は予防して侵害前の状態に回復し,又は現状を維持することがその内容であり,回復を維持する前提としての請求はその内容に含まれていないところ,原告の情報開示請求は回復を維持する前提としての請求であり,理由がない。

イ 情報開示拒否の正当性について

(ア) 通信サービスを提供している被告は,電通事業法の適用を受け,電気通信事業者として,その取扱中に係る通信の秘密を犯してはならない法律上の義務を負っている(電通事業法4条)。

(イ) 電通事業法4条にいう通信の秘密とは,通信内容にとどまらず,通信当事者の住所,氏名,発信場所等の通信の構成要素や通信回数等の通信事実の有無を含んでいる。

(ウ) 原告が開示を求めている神名の氏名,住所に関する情報は,通信の構成要素であるから通信の秘密に該当する。よって,被告は,電通事業法4条に照らし,神名に関する情報開示を拒否するについて正当な理由を有している。

  (4) 被告の行為により原告は損害を被ったか。仮に損害を被った場合,その損害額は幾らか。

   【原告の主張】

ア 原告は,被告が神名による不法行為を放置し,神名の契約者情報を開示せず,神名に対する権利行使を妨害したために,深刻な精神的苦痛を被った。また,原告は,本件訴訟提起後の被告による不誠実な対応により,更に精神的苦痛を被った。

イ 原告は,医師から情緒不安定性人格障害(境界型)の診断を受けており,他人から被る名誉毀損行為やプライバシー権の侵害行為に対して通常人よりも傷つき易く,被告の行為により,甚大な精神的損害を被った。

ウ したがって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく慰謝料請求権を有する。原告の苦痛を金銭に換算することは困難であるが,強いて換算すると,原告の精神的損害は200万円を下らず,原告は,本件訴訟ではそのうち90万円及び弁護士費用10万円の合計100万円を請求する。

   【被告の主張】

 争う。
 本件では,そもそも,神名の各発言が不法行為に該当しない。よって,原告が神名の各発言により極度の精神的失調に陥ったとしても,それは原告による一方的かつ極端な思いこみによるものにすぎず,損害の発生自体認められない。


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作成責任者:Y.Machimura
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