本件事案の概要は次のとおりである。
原告は,被告が「ニフティサーブ」の名称で提供しているパソコン通信サービスの会員に加入し,そのサービスの提供を受けていた者であるが,ニフティサーブ上で,[1]ニフティサーブ会員ID番号QWS*****番(ハンドル名,神名,以下「神名」という)から「あなたの妄想特急の勢いには,ほとほと感服いたします。ご病状が悪化しているのでなければよろしいのですが。精神的文盲というものが存在するのではないかと思い始めた今日この頃です」,「自称東大卒に至ってはむしろ同情しております」,「禁治産者って,裁判起こせないんじゃなかったっけ(笑)?,証拠提示なき妄想申立を,果たして裁判所が受理するか,私も非常に楽しみです(笑)」などと発言されたことにより名誉穀損及び侮辱の被害を受けた,[2]神名が,ハンドル名に原告の本名を使用したことで,原告はプライバシー侵害及び嫌がらせの被害を受け,ニフテイサーブを管理運営している被告が,神名の前記各不法行為に対し,適切な措置をとらなかったために精神的被害を受けたなどと主張して,被告に対し,債務不履行ないし不法行為に基づき損害賠償請求をしている。また,原告は,被告が,合理的な理由がないのに神名の契約者情報(氏名及び住所)を隠匿,隠蔽し,原告の名誉権回復を妨害しているとして,人格権による差止請求権及び不法行為に基づく妨害排除請求権を根拠に神名の氏名,住所の情報開示を求めている。
他方,被告は,[1]神名の発言自体,原告に対する不法行為に当たらないとし,また,[2]仮に,神名の発言が原告に対する不法行為に当たるとしても,被告は適切な対応をとっていたから被告には責任がないと反論している。また,神名の氏名,住所の開示請求に対しては,原告には開示を求める法的根拠がなく,また,契約者情報は電気通信事業法(以下「電通事業法」という)4条の「通信の秘密」に当たるから開示できないと主張している。
ア 被告は,パーソナルコンピューター,コンピューター等の装置間の通信を主体とした一般第二種電気通信事業及び関連情報処理サービス業等を業とする株式会社である。被告は,平成11年10月31日まで,「ニフティサーブ」の名称でパソコン通信サービスを提供しており,現在も同様のサービスを「アット・ニフティ」の名称で提供している。
イ 原告は,平成7年10月3日,被告との間で,ニフティサーブの会員(以下,単に「会員」ともいう)の加入契約を締結し,ID番号BYS04662番として,被告からパソコン通信サービスの提供を受けている者である。
ア ニフティサーブの仕組み ニフティサーブは,パソコンなどの情報端末を,電話回線やインターネットを使ってホストコンピューターに接続し,会員同士が情報交換したり,ホストーンピューター内に蓄えられた情報を引き出したりするコミュニケーション手段である。
イ ニフティサーブ会員規約(以下「会員規約」という) ニフティサーブは,電子メール,フォーラム,ステーション,パティオ,インターネット接続その他各種サービスにより構成されており,会員は,これらのサービスを,会員規約に従って利用することができると同時に,会員規約を遵守する義務を負う。会員は,被告に対し,接続時間に応じて利用料金を支払う。
ウ ハンドル名 ハンドル名とは,ニフティサーブにおいて,会員が自己を表示するために用いる呼称をいう。ハンドル名は,原則として漢字で8文字以内という字数のほかには特に制限がない。また,会員は,ハンドル名を使用しないで,本名を用いることもできる。
エ フォーラム
(ア) フォーラムとは,同じ趣味や共通のテーマを持つ会員同士が集まり,議論を行ったり,情報を交換したりする場のことをいい,会員のサークル的なエリアであり,特定のテーマごとに設置される。フォーラムの中 心となるのが「電子会議室」で,フォーラムへの入会が認められた会員であれば自由に発言でき,その発言内容は,原則として会員に対し公開される。フォーラムにおける発言は,発言者を特定,表示するために,発言内容の冒頭に会員番号とハンドル名が表示される。
(イ) 本と雑誌フォーラム(以下「本件フォーラム」という)は,[1]本と雑誌リーダーズフオーラム,[2]本と雑誌フォーラム談話室,[3]本と雑誌クリエイターズフオーラム(以下「FBOOKC」という),[4]ライティングフォーラム,[5]大人の本と雑誌フォーラム(以下「FBOOKA」という)により構成されているフォーラムである。
FBOOKAにおいては成人向けの本や雑誌に関する話題が,FBOOKCにおいては出版メディアを創作の舞台とするクリエイター達の議論の場を目的として,意見や情報の交換,作家や編集者の育成,サポート等を行っている。
(ウ) フォーラムの運営,管理は,フォーラムマネージャー(SYSOP,以下「シスオペ」という)によって行われる。本件フォーラムのシスオペは,訴外江下雅之(以下「訴外江下」という)であった。
オ パティオ パテイオとは,親しい会員が議論や情報交換を行う仮想的会議室である。
会員は,パスワードを入力するか,入会承認を得れば自由に発言内容を閲覧することができる。
ア 原告は,平成9年9月ころから,主に「A〜E」のハンドル名で,本件 フォーラムに参加し,意見を述べるようになった。
イ ニフティサーブ会員ID番号QWS*****番(ハンドル名,神名)も,本件フォーラムで,意見を述べていた。
ウ 原告は,平成10年3月21日,ハンドル名「千砂」に対し,別表1符号3記載のとおり,神名の発言(別表1符号2)が,自分に対する個人的侮辱であるとの発言をした。この原告発言を端緒として,原告と神名との間で,概要,別表1記載のとおりの発言が繰り返された。これらの発言は,本件フォーラムの会議室及びパティオで行われており,原則として,原告と神名以外の第三者も閲覧することが可能であった。
エ 神名は,平成10年6月20日,本件フォーラムで,別表2符号1記載のとおり,「神名[よしこ]」というハンドル名を使用した。
オ 神名は,平成10年12月11日午後4時1分ころ,別表2符号2記載のとおり,「神名[世志子]」というハンドル名を使用した。これに対し,原告は,平成10年12月14日,被告に対し,「神名[世志子]」のハンドル名での発言を中止させること及び神名とハンドル名「阿蘇慧」(会員番号QWN*****)が同一人物ではないことの確認等を求めた。これに対し,被告は,平成10年12月18日,原告に対し,調査の結果,「[世志子]」というハンドル名での発言は見当たらないこと,神名と阿蘇慧が同一人物であるかについては,個人情報であるから開示することはできないと伝えた。
カ 原告は,平成10年12月18日及び同月20日,被告に対し,神名と阿蘇慧が同一人物でないことの保証及び神名の除名処分を求め,同月24日には,神名と阿蘇慧が同一人物でないことの保証及び神名を除名処分にすること,被告が原告の要求を拒否した場合には提訴することを内容とする内容証明郵便を送った。これに対し,被告は,平成10年12月29日,原告に対し,個人情報の開示はできない旨回答した。
キ 神名は,平成11年1月26日から同年7月23日にかけて,別表2符号3ないし28記載のとおり,「神名[世士子]」のハンドル名を使用した。この間,原告は,平成11年1月26日,FBOOKC会議室で,本件フォーラムのスタッフに対し,ハンドル名を「A〜E」から本名である「X[世志子]」に変更し,「神名[世士子]」のハンドル名で発言した神名発言の保留を求めた。
ク 原告は,平成11年2月3日,被告に対し,神名の除名処分,個人情報開示等を求める本件訴訟を提起した。