東京地判平成14年12月27日

判例集不登載

不正競争防止法に基づく差止請求権の不存在確認請求が、訴えの利益ありとされた事例


平成12年(ワ)第14226号 不正競争行為差止等請求事件(以下「甲事件」という。)/平成14年(ワ)第4485号 不正競争行為差止請求権不存在確認等請求事件(以下「乙事件」という。)

口頭弁論終結日 平成14年10月11日

[主文]

1 被告は,別紙被告表示目録記載の表示を付した商品を製造してはならない。
2 被告は,別紙被告表示目録記載の表示を付した被告製造に係る商品を譲渡し,譲渡のために展示し,並びにその包装及び広告に上記表示を使用してはならない。
3 被告は,別紙被告表示目録記載の表示を付した被告製造に係る商品を廃棄せよ。
4 被告は,原告に対し,金372万9376円及びこれに対する平成12年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6 被告の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は,甲事件,乙事件を通じて,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

[事実及び理由]

第1 請求

 1 甲事件<略>

 2 乙事件

  (1) 原告は,被告に対し,被告が別紙物件目録1及び2記載の衣類を販売及び販売のために展示することについて,不正競争防止法に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を有しないことを確認する。

  (2) 原告は,被告に対し,不正競争防止法に基づいて上記衣類の廃棄を求める権利を有しないことを確認する。

第2 事案の概要

 1 争いのない事実等

(1) 原告及び原告商品化事業の経緯等

 ア 原告は,ベアトリックス・ポター(以下「ポター」という。)が創作したピーターラビットという名のうさぎを登場人物とする「ピーターラビットのおはなし」を始めとする一連の絵本の出版を1901年に開始し,1903年にはピーターラビットの人形について英国特許を取得してピーターラビットの商品化事業(以下原告によるピーターラビットに関する商品化事業を「原告商品化事業」という。)を開始した。

   イ 原告は,その後1983年にペンギンブックス社の子会社となり,また1984年にはコピーライツ社を全世界における原告商品化事業に関する原告のエージェントとして,原告商品化事業の拡大を図ってきており,現在ではライセンシーは世界中で約350社を数え,1999年度の年間のロイヤルティ収入は年間1400万ドルに上っている。

   ウ 原告は,日本において,昭和46年(1971年)に有限会社福音館書店(以下「福音館」という)を通じて「ピーターラビットのおはなし」の絵本の販売を開始し,昭和51年(1976年)には福音館を日本における原告商品化事業のエージェントとし,被告とライセンス契約を締結するなどして,日本における原告商品化事業を開始した。

 (2) 被告及び被告表示の使用等

 ア 被告は,乳幼児及び子供用品の製造加工販売等を業とする株式会社である。

 イ 被告は,別紙被告表示目録記載の表示(以下,「被告表示(1)」等といい,これらをまとめて「被告表示」という。)のうち,被告表示(1)ないし(3)を付した子供用被服,文房具,日用雑貨品等の商品を製造販売していた。

 なお,平成13年12月7日被告表示(1)(2)(4)を付した被告製造に係る商品の譲渡等を禁止する仮処分命令(以下「本件仮処分命令」という。)が発せられ,その後被告は上記商品を販売していない。

 ウ 被告は,別紙物件目録1及び2記載の衣類(以下「本件衣類」という。)を製造販売することを予定している。

(3) 原告と被告の契約関係

 ア 原告と被告は,昭和51年(1976年)9月23日,原告商品化事業に関するライセンス契約(以下「第1ライセンス契約」という。)を締結した。

 第1ライセンス契約は,昭和62年(1987年)9月30日に新たなライセンス契約(以下「第2ライセンス契約」という。)に改定された。

 第2ライセンス契約は,平成11年(1999年)10月19日をもって終了し,その後現時点に至るまで,原告と被告との間に契約関係は存在しない。

 イ また,原告,被告,福音館は,昭和62年(1987年)9月30日,同年4月13日付けの「レター オブ アグリーメント(Letter of Agreement)」(以下「本件合意」という)を締結した。

(4) 被告名義の商標権の存在

 被告は,別紙商標権目録記載(1)ないし(6)の商標権の登録名義人である(以下,別紙商標権目録記載の商標権を「本件商標権(1)」等といい,これらをまとめて「本件商標権」という。)。

 被告は,本件商標権(7)ないし(10)の登録名義人であった。本件商標権(8)及び同(10)については,存続期間が満了し,被告による更新手続はされていない。被告は,本件商標権(7)及び同(9)を放棄し,特許庁に対し,平成13年11月8日付けで「放棄による商標権抹消登録申請書」を提出した。

 2 本件の請求

 (1) 甲事件は,原告が被告に対し,@別紙原告表示目録記載の表示(以下「原告表示」という。)は,原告及び原告商品化事業を行っているグループの商品表示又は営業表示として周知著名であるところ,被告は,これと同一である被告表示を使用している又は使用するおそれがあると主張して,不正競争防止法2条1項1号,2号及び3条1項に基づいて,被告表示を付した商品の製造,被告表示を付した被告製造に係る商品の譲渡及び譲渡のための展示並びにその包装及び広告に被告表示を使用することの差止めを求めると共に,同法4条に基づいて損害賠償を請求している事件とA本件合意に基づいて本件商標権(1)ないし(6)の移転登録手続を求めている事件である。

 (2) 乙事件は,被告が原告に対し,被告が本件衣類を販売及び販売のために展示する行為は不正競争行為に該当しないとして,同法に基づく差止請求権,損害賠償請求権及び廃棄請求権がそれぞれ存在しないことの確認を求めている事件である。

 3 本件の争点 <中略>

  【乙事件】

 (5)ア 訴えの適法性

 イ 被告による本件衣類の販売等が,不正競争行為に該当するかどうか

第3 争点に関する当事者の主張

<中略>

 5 争点(5)について

【原告の主張】

 (1)ア 乙事件における被告の訴えは,将来仮に販売を再開するとすれば,このような具体的な態様とするつもりであるので,その場合には不正競争行為とならないことを現時点で確認してほしいというものである。このような訴えは,被告の意思に係る仮定的事実関係を前提とするものであって,現時点においては,訴えの利益を欠き不適法であるというべきである。

   イ 乙事件提起に至るこれまでの経過からすると,乙事件における被告の訴えは,甲事件が不利に展開していることを認識した被告が,甲事件を長引かせるために提起したものであって,訴権の濫用というべきものである。

 (2) 原告表示が原告の周知又は著名な商品等表示であることは,上記1(1)における【原告の主張】記載のとおりであるところ,本件衣類に付されている表示は,原告表示と類似し,本件衣類に接した子供服の一般需要者は,本件衣類を原告の正規ライセンス商品と誤認混同するおそれがあるというべきであるから,被告が本件衣類を販売又は販売のために展示する行為は,不正競争防止法2条1項1号及び2号に該当する。

  【被告の主張】

(1) 被告が現在所持している在庫品に関し,原告が被告に対し不正競争防止法違反を理由とする廃棄請求をなす場合が存在することからすると,乙事件の訴えのうち廃棄請求権の不存在を確認する部分は,現在の訴えである。

 また,被告は,本件衣類の販売を再開することを現実に予定している。

(2)ア 被告は,本件商標権(1)の登録商標権者であり,本件衣類には,同商標が付されている。

 イ 本件衣類に付された表示は,子供服の首筋に縫われた織りネームと吊り札からなり,織りネームの上部には「Peter Rabbit」の欧文字と共に下部には「familiar」の欧文字が並記して明瞭に表示されており,また,吊り札には,中央にブルー地の白抜きで「familiar」の欧文字が大きく表示されると共に,下部には白地にブルーで同じく「familiar」の欧文字が表示されており,しかも,これらの衣類の販売に当たっては,必ず,上記織りネームと吊り札が一緒に組み合わされて販売される態様となっている。今後予定されている販売もこれらの表示の組合せを必ず使用し,異なった使用態様をとるものではない。このように,我が国において衣類では著名な表示である「familiar」の欧文字が明瞭に表示されており,著名な被告の店舗でのみ販売される上,「familiar」の欧文字が表示されたハンガーにつるされ,「familiar」の欧文字が表示された紙袋に入れて販売されるから,本件衣類が具体的取引の実情下において原告の商品と誤認混同されるおそれはない。

 ウ したがって,被告が本件衣類を販売又は販売のために展示する行為は,不正競争防止法2条1項1号又は2号に該当するものではない。

第4 争点に対する当裁判所の判断

<中略>

 5 争点(5)について

(1) 乙事件の訴えの適法性等について

 ア 乙事件の被告の請求は,本件衣類を販売及び販売のために展示することが不正競争行為に当たらないとして,原告に対して,原告が不正競争防止法に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を有しないことを確認を求める請求であるところ,証拠(乙74,検乙1,2,4,乙事件における甲1)及び弁論の全趣旨によると,被告は,本件衣類を製造販売することを具体的に予定しており,試作品も作っていること, 原告は,本件衣類を販売及び販売のために展示することは不正競争行為に当たると主張していること,以上の事実が認められる。また,本件衣類に付されている「Peter Rabbit」の表記は,字体が被告表示と異なる上,「familiar」の表示が一体 として付されているなどしているから,被告表示と同一ではない。そうすると,本件衣類の販売及び販売のための展示について原告が被告に対して不正競争防止法に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を有しないことの確認を求める乙事件の訴えは,甲事件とは二重起訴に当たらないのはもとより,原告と被告との紛争を抜本的に解決するために必要なものとして確認の利益を認めることができる。

 イ また,原告は,乙事件提起に至るこれまでの経過からすると,乙事件における被告の訴えは,甲事件が不利に展開していることを認識した被告が,甲事件を長引かせるために提起したものであって,訴権の濫用というべきものであると主張するが,乙事件は,被告が甲事件を長引かせるために提起したものであるとは認められず,訴権の濫用であるとは認められない。

 ウ なお,被告は,第3回口頭弁論期日で陳述された準備書面によって,乙事件の物件目録を変更したが,これについて,原告は訴え変更不許の申立てを行っている。この物件目録の変更は,物件目録として襟の織りネームの態様が多少異なるものを追加したにすぎないから,従前の請求と訴訟物が異なるということできない。したがって,訴えの変更には当たらない。また,原告の上記主張を時機に後れた攻撃方法の却下の主張と解しても,上記物件目録の変更は,上記のようなもので訴訟の完結を遅延させるものではないから,却下されるべきものではない。

(2) 被告による本件衣類の販売等が,不正競争行為に該当するかどうかについて

ア 証拠(検乙2,4)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。

  (ア) 別紙物件目録1記載の子供服には,襟部分に「Peter Rabbit/M/familiar」の織りネーム(黄色地に茶色文字)が縫いつけられ,吊り札に「familiar/ONE SMILE FITS ALL」(青色部分に白色の文字)及び「familiar」(白色部分に青色の文字)のタグが付されている。

 (イ) 別紙物件目録2記載の子供服には,襟部分に「Peter Rabbit/familiar」の織りネーム(白地に青色文字)が縫いつけられ,吊り札に「familiar/ONE SMILE FITS ALL」(青色部分に白色の文字)及び「familiar」(白色部分に青色の文字)のタグが付されている。

 イ 以上認定した事実からすると,本件衣類に縫い付けられた織りネームには,原告表示(1)(3)とは,字体が異なり,大文字小文字の違いがあるものの,「Peter Rabbit」と表記されているものと認められる。

 前記1において認定判断したとおり,原告表示(1)(3)は,原告及び原告グループの商品表示として広く知られており,また,本件衣類に縫い付けられた織りネームに付された「Peter Rabbit」の表記は,原告表示(1)(3)と類似しているものと認められ,その類似性は高いものというべきである。

 上記認定のとおり,原告表示が広く知られていること,本件衣類に付されている表示と原告表示は高い類似性を有すること及び前記2認定のとおり被告は原告からライセンスを受けて営業を行ってきた者であることからすると,被告が本件衣類を販売し販売のために展示する行為は,被告が原告グループの一員として行っているとの誤信を生じさせるおそれがあるものと認められる。

 被告は,本件衣類は,我が国において衣類では著名な表示である「familiar」の欧文字が明瞭に表示されており,著名な被告の店舗でのみ販売される上,「familiar」の欧文字が表示されたハンガーに吊るされ,「familiar」の欧文字が表示された紙袋に入れて販売されるから,具体的取引の実情下において原告の商品と誤認混同されるおそれはないと主張するが,上記認定の各事情からすると,本件衣類に付されている「familiar」の欧文字が著名な表示であり,著名な被告の店舗でのみ上記被告主張のような態様で販売されるとしても,上記誤信を生じることは明らかであって,被告の主張は採用できない。

ウ 前記2で述べたとおり,被告が本件商標権(1)の登録商標権者であることは,原告からの不正競争防止法に基づく請求に対して,抗弁として主張することは許されない。

エ 以上のとおり,被告が本件衣類を販売し販売のために展示する行為は,不正競争防止法2条1項1号に該当するものと認められるから,乙事件の被告の請求は,いずれも理由がない。

 6 結論

 以上の次第で,原告の請求は主文掲記の範囲で理由があり,被告の請求はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。

  東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 森     義  之
   裁判官 内  藤  裕  之
   裁判官 上  田  洋  幸


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