化粧品の製造,販売等を主たる業務としている 原告X1会社とその 創業者であり,その代表取締役の地位にあるX2は、出版社Y1,編集長Y2、記者Y3に対して、Y2が編集長となっている週刊誌において「仰天内部告発 化粧品会社甲社長『女子社員満喫生活』」というタイトルで,原告らに関する記事及び原告X2の写真などを掲載したことが名誉毀損に当たるとして、X1に7億円、X2に3億円、そして謝罪広告の掲載を求める訴えを提起した。
この訴訟中、Y2の本人尋問について裁判所が採用決定したにもかかわらず、Y2は、本人尋問の申出が原告側の模索的証明であって名誉毀損の二次的被害を受けるおそれがあること、真実性・相当性の立証はその前提たる公益性の要件を欠くので必要がないこと、この二点を理由に出頭しなかった。そこで原告らは、原告らの主張が真実であることを民事訴訟法208条に基づいて認めるべきだと主張した。
本件記事等の名誉毀損性については実質的に争いがなく、本件記事等の公共性については、大企業というだけでは認められないが、「社長の地位を利用して女性従業員を昼食に誘い,これを断ることは極めて困難である,原告会社内では原告X2の好みによって人事配置や昇進が決められている,原告会社内では妊娠したことにより退職を迫られるなどといった,原告会社内で原告X2が社長としての地位を利用して女性従業員にセクハラまがいの行為を行っており,原告会社内では不公正な人事管理が行われているなどというものであって,もしかかる事実が本当に存在するのであれば,そのような原告会社内の不当な行為を報道することは,社会の正当な関心事であり,公共の利害に関する事実にあたるということができる」とした。
公益目的については、事実経過に照らして「被告らは,本件記事等に記載されている内容を真実であると信じ,これを報道することは市民に対して必要ないし有用な情報を提供することになると考えて,本件記事等を掲載したものと認めるのが相当であり,本件記事等は,専ら公益を図る目的により掲載されたものということができる」と判示した。公益目的を実現するためのものとはおよそ考えがたい刺激的,煽情的,揶揄的な表現を用いているとの主張にたいしても、「週刊誌は,学会誌とは異なり,公共の利害に関する事実を報道するとともに,読者に購入してもらうことも目的とする営利出版物であるから,読者の興味を引くためにある程度煽情的な表現を用いることもあり得るのであって,その表現が公正な論評として許されるか否かは別として,本件記事等について,その表現からただちに公益目的の存在が否定されるものではない。」とした。
本件記事等に係る摘示事実が真実と認められるか否かに関連して、民事訴訟法208条の適用について以下のように判示した。
(ア) 本件において,被告らは,「原告本人が昼食に出かける際の車中での 行状,その他本件記事全般の真実性」を立証事項とし,別紙7のとおりの尋問事項で原告X2の本人尋問の申請をし,当裁判所はその尋問の必要性を認めて2回にわたり呼出を行ったにもかかわらず,原告X2はいずれも出頭しなかった。民事訴訟法208条によれば,当事者本人を尋問する場合において,その当事者が正当な理由なく出頭しなかったときは,裁判所は尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができるとされているので,まず,原告X2の不出頭に正当な理由があるか否か検討することとする。
a 原告らは,@被告らの訴訟行為の誠実さに疑問があり,尋問に出頭することで二次的被害を受ける可能性が高かったこと,A原告X2の尋問は必要性がなかったことから,原告X2は出頭しないこととしたものであり,不出頭には正当な理由がある旨主張する。
b しかし,まず,Aについては,尋問の必要性を判断するのは,当事者尋問の採否を決定する裁判所であって当事者ではないから,当事者が必要性がないと自ら判断して出頭しなくてよいというものではなく,正当な理由に当たらないことは明らかである。
なお付言すれば,本件記事等に公益目的が認められることは前記のとおりであるし,本件記事には,妊娠を報告したら退職願を書くように原告X2から直接迫られたとの記載(別紙6m)や,原告X2がセクハラまがいの行為をしたとの記載(別紙6d)などがあるのであり,また,乙第8号証の2は,原告X2自身が記載した文書であり,その内容は,原告X2が別紙6lのような持論を抱いているのか否かに関するものであるから,原告X2の尋問により事実を明らかにする必要性は高かったものである。
次に@についていえば,まず,被告らが真実性を立証するための証拠資料は,取材当時の資料に限られるわけではない(最高裁判所平成14年1月29日第三小法廷判決・判例時報1778号49頁)から,被告らが原告X2の尋問を申請することは不当とはいえない。
そして,当事者尋問においても,争点に関係のない質問や当事者を侮辱する質問等をしてはならず,裁判長は,申立により又は職権で,そのような質問を制限することができる(民事訴訟規則127条,115条2項,3項)とされており,不当な質問は,最終的には裁判長の訴訟指揮によって解決されることを予定しているのであるから,当事者が裁判長の判断を待たずに,自己が不当と考えた質問に対する供述を拒否することができるものではないし,いわんや,不当な質問がなされるおそれを理由として出頭しないことが正当とされるものでもない。
なお,被告らの掲載した後続記事に原告ら主張のような記載があったからといって,本訴における当事者尋問において不当な質問がなされる可能性が高かったと認めることはできないし,被告らの証拠申出書に記載された尋問事項を見ても,格別不当な質問がなされる可能性が高かったとは認められない。
したがって,原告X2の不出頭が正当な理由によるものと認めることはできない。
なお,このように解したとしても,不当な質問があれば裁判長により制限されるのであるから,名誉毀損の被害者の保護に欠ける結果を生じるとはいえない。c そうすると,民事訴訟法208条により,裁判所は,尋問事項に関する被告らの主張を真実と認めることができることになる。
(イ) そこで,民事訴訟法208条を適用することにより,本件記事の別紙6の各部分及び本件広告に係る摘示事実又はそれが論評の場合にはその前提とされている事実が真実であるとの被告らの主張が真実であると認めるべきか否かについて検討する。
a まず,別紙6の各部分の摘示事実又はそれが論評である場合にはその前提とされている事実,すなわち,被告らが真実であると主張している事実は,次のとおりであると認められる。
(a) 別紙6aは,「デートの誘いは断われない」との小見出しであり,原告会社内においては,原告X2が女性従業員をデートに誘うことがあり,女性従業員はその誘いを断ることができないか,少なくとも困難であるとの事実を摘示するものである。
(b) 別紙6bは,原告X2の昼食の誘いを断った女性従業員が,人事担当の女性役員に叱責されたとの事実を摘示するものである。
(c) 別紙6cは,原告会社には,原告X2の「お気に入り」の従業員とそうでない従業員がいるとの事実を前提に,「お気に入り」の女性従業員が結婚すれば,「お気に入り」から外されるとの事実を摘示するものである
(d) 別紙6dは,原告X2が,食事の席で「ちょっと太ったんじゃない?」と女性従業員の腰に手を回したり,耳元で「キミ可愛いね」と囁いたりすることがしばしばあったとの事実を摘示するものである。
(e) 別紙6eの摘示事実の重要な部分は,原告X2が,「お気に入り」の女性従業員数名と昼食に出かけているとの事実である(なお,別紙6eの記載が原告らの社会的評価を低下させるのは,別紙6eの記載が上記事実を摘示することにより,原告X2が,社長としての地位を利用して自己の好みの女性従業員を昼食に連れ出しているという印象を与え,原告X2及び原告会社のイメージを悪化させるからである。したがって,原告X2が仕事上の必要のある者やその時たまたま手の空いている者を昼食に誘っているにすぎないのであれば,それを原告X2が「お気に入り」の女性従業員を選んで誘っているように表現する別紙6eの記載は名誉毀損の成立を免れないし,他方,真実,原告X2が自己の「お気に入り」の女性従業員を昼食に誘っているというのであれば,それが厳密には「毎日」ではなく,あるいは誘うのが「秘書」ではなかったとしても,別紙6eの記載は全体として違法性を欠くものとみるのが相当である。)。
(f) 別紙6f及び本件広告のうち「化粧品会社甲社長『女子社員満喫生活』」との部分は,原告X2が,連日,女性従業員らと豪華な昼食に行っているとの事実を前提とする論評である(なお,「女子社員満喫生活」との論評は,原告X2が「お気に入り」の女性従業員とのみ昼食に行っているとか,女性従業員が半ば強制的に連れ出されているとかの事実を前提としなくても成立するというべきであるから,これらの事実は別紙6f及び本件広告のうちの前記部分の論評の前提となる事実には含まれない。)。
(g) 別紙6gのうち「お気に入りの女性社員のみに好待遇で報いる」との部分は,原告会社内において,原告X2が,自己の「お気に入り」の女性従業員のみに好待遇で報いているとの事実を摘示するものであり,具体的には,原告X2のお気に入りか否かによって,昇進(別紙6j),給与(別紙6k)に影響するとの事実を指すものと認められる(なお,一般読者の通常の読み方を基準とすれば,原告吉田がお気に入りの女性従業員と昼食を共にしている(別紙6e)とか,原告X2のお気に入りによって配属が決められる(別紙6h)とかの事実は,「好待遇で報いる」ことに含まれるとは解されない。)。また,別紙6gのうち「“ハーレム生活ぶり”」との部分は,別紙6gの記載の直前にある「美人社員と日ごとゴージャスなランチをともにし」ている事実と,上記の「お気に入りの女性社員のみに好待遇で報いる」事実とを前提とする論評である。
(h) 別紙6hは,原告会社においては,女性志願者の容貌が良ければ採用試験で社長面接までは通過することができ,美人は原告会社本社の秘書課,人事,宣伝等の社長室直属の部署に配属されるとの事実を摘示するものである。
(i) 別紙6iは,業務に関係がないのに海外出張に同行した従業員がいる,出発前には支度金がもらえる,往復の飛行機はファーストクラスである,現地では10万円から20万円の小遣いが手渡されるとの事実を摘示するものである。
(j) 別紙6jのうち,「“したい放題”の社長のこと」までの部分は,本件記事のうちこの部分より前に記載された事実,特に,原告X2がお気に入りの女性従業員を昼食に連れ出していること,採用及び配属を顔で決めていること(別紙5h),無関係な従業員を海外出張に同行させていること(別紙5i)などの事実を前提とした論評であり,「お気に入りか否かが,当然,昇進に直結する」との部分は,原告会社では,原告X2のお気に入りか否かが昇進に影響しているとの事実を摘示するものである。
(k) 別紙6kは,原告会社では,半年ごとに,給与の3か月分にお気に入り度を加味したボーナスが出る,すなわち,原告X2のお気に入りか否かで賞与の額が左右されるとの事実を摘示するものである。
(l) 別紙6lは,原告X2が「女は妊娠するとメスになる。メスと母は使い物にならないから要らない」との持論を抱いているとの事実を摘示するものである。
(m) 別紙6mは,女性従業員が妊娠を報告したら,退職願を書くように原告X2から直接迫られたとの事実を摘示するものである。
(n) 別紙6nは,原告会社においては,ストレスから体調を崩し,ニキビや肌荒れに悩む女性従業員が多いとの事実を摘示するものである。b ところで,尋問事項書は,できる限り,個別的かつ具体的に記載しなければならない(民事訴訟規則107条2項)とされているにもかかわらず,被告らの提出した原告X2の尋問事項は,別紙7のとおりであって,尋問事項のうち,「原告本人は,原告会社社員に対して,日頃,どのように接しているか」,「原告本人は,原告会社の女性社員に対して,日頃,どのように接しているか」,「その他,上記に関連する事項」との尋問事項は個別的かつ具体的であるということはできず,民事訴訟規則107条2項に反するものである。そして,尋問事項が民事訴訟規則107条2項に反していることによる不利益を原告らに負わせるのは相当ではないから,前記尋問事項に関しては,明らかにこの尋問事項に含まれると認められる事項に限って民事訴訟法208条を適用するのが相当である。
c 上記の見地に立って判断するに,別紙6aの摘示事実は,「原告本人は,原告会社の女性社員に対して,日頃,どのように接しているか」との尋問事項に,別紙6cの摘示事実は,「原告本人は,原告会社の女性社員に対して,日頃,どのように接しているか」との尋問事項に,別紙6dの摘示事実は,「原告本人は,原告会社の女性社員に対して,日頃,どのように接しているか」との尋問事項に,別紙6eの摘示事実の重要な部分は,「原告本人は,昼休みに社員を連れて昼食に行くことがあるか,その頻度はどのようなものか」及び「昼食に同行する社員は,誰がどのように決めるのか」との尋問事項に,別紙6f及び本件広告のうち「化粧品会社甲社長『女子社員満喫生活』」の論評の前提となる事実は,「原告本人は,昼休みに社員を連れて昼食に行くことがあるか,その頻度はどのようなものか」及び「昼食に同行する社員は,誰がどのように決めるのか」との尋問事項に,別紙6gの一部である「“ハーレム生活ぶり”」との論評の前提となる事実のうち,美人社員と日ごとゴージャスなランチをともにしていることは,「原告本人は,昼休みに社員を連れて昼食に行くことがあるか,その頻度はどのようなものか」及び「昼食に同行する社員は,誰がどのように決めるのか」との尋問事項に,別紙6iのうち,出発前に支度金がもらえること及び現地では10万円から20万円の小遣いが手渡されることは,「原告本人は,原告会社の女性社員に対して,日頃,どのように接しているか」との尋問事項に,別紙6jの一部である「“したい放題”の社長のこと」との論評の前提となる事実のうち,原告X2がお気に入りの女性従業員を昼食に連れだしていることは,「原告本人は,昼休みに社員を連れて昼食に行くことがあるか,その頻度はどのようなものか」及び「昼食に同行する社員は,誰がどのように決めるのか」との尋問事項に,別紙6lの摘示事実は,「原告本人は,どのような女性観を抱いているか」との尋問事項に,別紙6mの摘示事実は,「原告本人は,原告会社の女性社員に対して,日頃,どのように接しているか」との尋問事項にそれぞれ含まれると解するのが相当であるから,民事訴訟法208条により,これらの事実が真実であるとの被告らの主張は真実であると認める。
d したがって,別紙6のうちa,c,d,e,l,mはその摘示事実が重要な部分について真実であることの証明があったものであり,別紙6f及び本件広告のうち「化粧品会社甲社長『女子社員満喫生活』」の論評は,その前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったものであり,「女子社員満喫生活」という語は揶揄的ではあるが,意見ないし論評としての域を逸脱したものとはいえないから,これらの記載はいずれも違法性を欠くものである。
民事訴訟法208条が適用されると判断した事実以外の事実,すなわち,別紙6bの摘示事実,別紙6gの摘示事実ないし論評の前提となる事実のうち,原告X2が自己の「お気に入り」の女性従業員のみに好待遇で報いているとの事実,具体的には,原告X2のお気に入りか否かによって昇進(別 紙6j)やボーナス(別紙6k)に影響するとの事実,別紙6hの摘示事実,別紙6iの摘示事実のうち,業務に関係がないのに海外出張に同行した従業員がいるとの事実及び往復の飛行機はファーストクラスであるとの事実,別紙6jの摘示事実ないし論評の前提となる事実のうち,採用及び配属を顔で決めているとの事実,無関係な従業員を海外出張に同行させているとの事実及び原告会社では原告X2のお気に入りか否かが昇進に影響しているとの事実,別紙6kの摘示事実,別紙6nの摘示事実を真実と認めることができるか,真実と認められない場合に,被告らがそれを信じたことにつき相当な理由があったといえるかについては、一部について違法性を欠くとしつつ、一部は違法性があるとした。
なお慰藉料算定においても、「合計7億円という巨額な損害を主張しておきながら,原告会社代表者は裁判所の決定を無視して正当な理由なく出廷しないなど,権利保護や名誉回復を求める者としては疑問といわざるを得ない訴訟態度を示しており,このことは,慰謝料算定にあたっても考慮するのが相当である」と判示し、本件記事等全体により原告会社の受けた損害は,500万円を下らないとしながら、本件記事等のうち多くの部分については違法性を欠くものであることを考えると,本件記事等のうち違法性及び被告らの故意・過失が否定されない部分による損害は100万円とみるのが相当であるとした。訴訟費用の負担についても、認容額が原告らの請求額の約0.15%ないし0.2%であること等を考慮し,その全額を原告らに負担させることとした。