最三判昭和50年11月28日 民集29巻10号1554頁

チサダネ号事件

(事実)


 日本の輸入業者Aは、ブラジル国の輪出業者Bから本件原糖を買い受け、Bはオランダ・アムステルダム市に本店をおき日本国内に営業所を持つ海運業者であるYと海上運送契約を締結し、Yから本件船荷証券の発行・交付を受けてAに交付した。Yは、本件原糖をその所有船チサダネ号に船積してブラジル国サントス港から大阪港まで海上運送したが、チサダネ号の不良により積荷が濡れて160万円を下らない原糖の毀損を生じさせた。Aはこの損害を保険会社Xとの積荷海上保険契約に基づき、137万6180円の保険金の支払いを受けた。そこでXが、AのYに対する損害賠償請求権を代位取得した、と主張して、Yに対し損害賠償及び遅延損害金の支払を求めて、被上告人の営業所所在地を管轄する神戸地方裁判所に提起した。

 ところで本件船荷証券には、「この運送契約による一切の訴は、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、あるいは自ら任意にその裁判所の管轄権に服さないならば、その他のいかなる訴に関しても、他の裁判所は管轄権を持つことができないものとする。」旨の英文の管轄約款(以下「本件管轄約款」という。)が存在していた。Yは、本件管轄約款は国際的専属的裁判管轄の合意であるから、本件訴訟については、アムステルダム市の裁判所が専属管轄権を有し、神戸地方裁判所は裁判権を有しないとの本案前の抗弁を主張した。

 原審は、本件管轄約款が、わが国の裁判権を排除してアムステルダムの裁判所を第一審の専属管轄裁判所として指定する旨の合意として成立したこと、本件国際的専属的裁判管轄の合意は有効であり、また公序法に違反すると認めるに足りないこと、管轄の合意の効力は、特定承継人にも及ぶと判示し、本件訴を却下すべきものとした。

 X上告。

[判旨]上告棄却

 一、書面の要否について

 「国際民訴法上の管轄の合意の方式については成文法規が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参しゃくしつつ条理に従ってこれを決すべきであるところ、同条の法意が当事者の意思の明確を期するためのものにほかならず、また諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷証券に荷送人の署名を必要としないものが多いこと、及び迅速を要する渉外的取引の安全を顧慮するときは、国際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りると解するのが相当であり、その申込と承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。」

 二 専属的合意の明確性

「本件訴訟については、被上告人の本店所在地であるアムステルダム市の裁判所及びその営業所所在地を管轄するわが国の裁判所がいずれも法定の管轄権を有すると解されるところ、本件管轄約款はそのうち前者のみを残して他の裁判所の管轄権を排除する趣旨であることが明らかであり、かような管轄の合意は専属的合意と解するのが相当である。」

 三 専属的合意の有効要件

「ある訴訟事件についてのわが国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第一審の管轄裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、(イ) 当該事件がわが国の裁判権に専属的に服するものではなく、(ロ) 指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、の二個の要件をみたす限り、わが国の国際民訴法上、原則として有効である(大審院大正五年(オ)第四七三号同年一〇月一八日判決・民録二二輯一九一六頁参照)。

 所論は、当該外国の裁判所が同種の管轄の合意を有効と判断することを要すると主張するが、前記(ロ)の要件を必要とする趣旨は、かりに、当該外国の裁判所が当該事件について管轄権を有せず、当該事件を受理しないとすれば、当事者は管轄の合意の目的を遂げることができないのみでなく、いずれの裁判所においでも裁判を受ける機会を喪失する結果となるがゆえにほかならないのであるから、当該外国の裁判所がその国の法律のもとにおいて、当該事件につき管轄権を有するときには、右(ロ)の要件は充足されたものというべきであり、当該外国法が国際的専属的裁判管轄の合意を必ずしも有効と認めることを要するものではない。本件において、原審の確定したところによれば、アムステルダムの裁判所が本件訴訟につき法定管轄権を有するというのであるから、原判決が所論の点について判示しなかったことをもって、所論の違法があるとはいえない。」

 四 民訴法二〇〇条四号の相互の保証の要否

 「外国判決により当該外国において強制執行をすることは一般的に可能であり、相互保証が存在しないためわが国における右外国判決による強制執行が不能であるとしても、前記一(ロ)の要件を欠く場合とは異なり、権利の実現が全く閉ざされることとなるものではなく、管轄の合意は本来判決手続についてされるものであるが、当事者は、その合意をするにあたって、当該外国における強制執行の実効性を考慮しうるし、また、この強制執行のため費用等の負担の増大をきたすことがあるが、かかる負担の増大は、管轄の合意に伴う附随的結果にほかならない。したがって、わが国の裁判権を排除する管轄の合意を有効と認めるためには、当該外国判決の承認の要件としての相互の保証をも要件とする必要はないものというべきであり、このように解しても当事者が右合意によって通常意図したところは十分に達せられるというべきである。」

 五 公序違反の有無

 「被告の普通裁判籍を管轄する裁判所を第一審の専属的管轄裁判所と定める国際的専属的裁判管轄の合意は、「原告は被告の法廷に従う」との普遍的な原理と、被告が国際的海運業者である場合には渉外的取引から生ずる紛争につき特定の国の裁判所にのみ管轄の限定をはかろうとするのも経営政策として保護するに足りるものであることを考慮するときは、右管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するとき等の場合は格別、原則として有効と認めるべきである。したがって、Yの本店所在地の裁判所を専属的管轄裁判所として指定した本件管轄約款は、所論指摘の諸点を考慮に入れても、公序法に違反する無効なものであるということはできない。」


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