SC S43.4.11

最判昭和43年4月11日民集22巻4号862頁

百選149

(事実)

 Aは、昭和34年3月24日 自宅附近の道路を横断中、Yの営業に用いられているオートバイにはねられた。そこでAおよびその家族Xらが申立人となってYと調停を行い、昭和37年2月8日、5万円を支払い残余の請求は放棄する旨の調停が成立した。ところがその後Aは後遺症が出て、昭和37年12月3日死亡した。

   そこでXは右調停を無効であると主張すると同時に、Aの死亡による損害として慰藉料30万円および積極損害3万円余りを請求する訴えを提起した。

 原判決は、本件事故による損害賠償請求については、XY間に既に前述の調停が有効に成立しているので、当事者は、右調停の趣旨に反する主張ができず、裁判所もこれに反する判断ができないから、本訴請求中右調停において認容された部分は訴の利益を欠き、その余の部分は請求の理由がないことに帰するとして、Xの請求を棄却した。

(判旨)

「右調停は、Aの受傷による損害賠償については有効に成立したものと認められ、従って、本訴においてXの請求する3万1千円の財産上の損害賠償請求は、右調停において、既に解決済であり、Xの右財産上の損害賠償請求権を、本訴において主張することはできないものというべきであって、この点に関する原判決の判示は結局正当と認められる。しかし、精神上の損害賠償請求の点については、AおよびXらはまず調停においてAの受傷による慰藉料請求をし、その後Aが死亡したため、本訴において、同人の死亡を原因として慰藉料を請求するものであることは前記のとおりであり、かつ、右調停当時Aの死亡することは全く予想されなかったものとすれば、身体侵害を理由とする慰藉料請求権と生命侵害を理由とする慰藉料請求権とは、被侵害権利を異にするから、右のような関係にある場合においては、同一の原因事実に基づく場合であっても、受傷に基づく慰藉料請求と生命侵害を理由とする慰藉料請求とは同一性を有しないと解するを相当とする。ところで、右調停が、原判決のいうように、Aの受傷による損害賠償のほか、その死亡による慰藉料も含めて、そのすべてにつき成立したと解し得るためには、原判決の確定した事実関係のほか、なおこれを肯定し得るに足る特別の事情が存し、且つその調停の内容が公序良俗に反しないものであることが必要であるといわなければならない。けだし、Aは老齢とはいえ、調停当時は生存中で(なお、Xの主張によれば、前記のとおり、調停成立後10月を経て死亡したという。)、右調停はA本人も申立人の一人となっており、調停においては申立人全員に対して賠償額が僅か5万円と合意された等の事情にあり、これらの事情に徴すれば、右調停においては、一般にはAの死亡による慰藉料についても合意したものとは解されないのを相当とするところ、この場合をもってなおAの死亡による慰藉料についても合意されたものと解するためには、Aの受傷が致命的不可回復的であって、死亡は殆んど必至であったため、当事者において同人が死亡することあるべきことを予想し、そのため、死亡による損害賠償をも含めて、合意したというような前記のごとき特別の事情等が存しなければならないのである。しかるに、原判決は、このような特別の事情等を何ら認定せずして、Aの死亡による慰藉料の損害賠償をも含めて合意がなされたとし、本訴請求を排斥したものである。しからば、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、論旨はこの点において理由があるに帰する。原判決はこの点に関して破棄を免れず、更に審理を尽さしめるため、この点に関する本件を広島高等裁判所に差し戻すべきである。」


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