最一決平成11年12月16日民集53巻9号1989頁

平成10年(オ)1499号土地所有権移転登記手続請求及び独立当事者参加並びに土地共有持分存在 確認等請求事件
要旨:
  特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる趣旨の遺言がされた場合において、他の相続人が相続開始後に当該不動産につき被相続人から自己への所有権移転登記を経由しているときは、遺言執行者は、右所有権移転登記の抹消登記手続のほか、甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることができる。
参照・法条:民法908条,民法1012条,民法1013条,民法1015条,民事訴訟法第1編第3章当事者
 原審:東京高判平成10年3月31日 (平成8(ネ)4121)

(事実)


 一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 F(以下「被相続人」という。)は、第一審判決別紙物件目録記載の一ないし五の土地(以下「本件各土地」といい、各個の土地は「本件一土地」のようにいう。)等を所有しており、本件各土地の登記名義人であったが、平成五年一月二二日に死亡し、相続が開始した。

 2 G、平成10年(オ)第1499号被上告人・同第1500号上告人B(以下「一審被告B」という。)、H、同第1499号上告人・同第1500号被上告人補助参加人I(以下「補助参加人」という。)、J及びKの六名は、いずれも被相続人の子であり、同第1500号上告人C(以下「一審被告C」という。)は、一審被告Bの子であって被相続人の養子である。また、同第1499号・同第1500号各被上告人D及び同E(以下「当事者参加人ら」という。)は、被相続人の長男である亡Lの子であり、その代襲相続人である。

 3 被相続人は、昭和57年10月15日、公正証書により、その所有する財産全部を一審被告Bに相続させる旨の遺言(以下「旧遺言」という。)をした。

 4 被相続人は、昭和58年2月15日、公正証書により、旧遺言を取り消した上、改めて次の内容の遺言(以下「新遺言」という。)をした。
 (一) 本件一土地をG、H、補助参加人、J及びKの五名(以下「Gら」という。)に各五分の一ずつ相続させる。
 (二) 本件二ないし五土地を一審被告B及び一審被告Cに各二分の一ずつ相続させる。
 (三) 被相続人所有のその他の財産は、相続人全員に平等に相続させる。
 (四) 遺言執行者として平成10年(オ)第1499号上告人・同第1500号被上告人A(以下「一審原告」という。)を指定する。

 5 しかるに、一審被告Bは、平成5年2月5日、旧遺言の遺言書を用い、本件各土地について、自己名義に相続を原因とする所有権移転登記をし、さらに、本件訴訟が第一審に係属中である平成7年4月6日、本件三ないし五土地の各持分二分の一について、一審被告Cに対し、真正な登記名義の回復を原因とする所有権一部移転登記をした。

 6 当事者参加人らは、平成5年9月29日、他の相続人ら及び一審原告に対して遺留分減殺の意思表示をし、右意思表示は、同年9月30日から同年10月8日までの間にそれぞれ到達した。

 二 記録によって認められる本件訴訟の概要は、次のとおりである。

 1 一審原告は、新遺言の遺言執行者として、一審被告Bに対し、本件一土地についてGらへの、本件二土地の持分二分の一について一審被告Cへの各真正な登記名義の回復を原因とする持分移転登記手続を求めた。これに対し、一審被告Bは、特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言(以下「相続させる遺言」という。)がされた場合には遺言執行の余地はないとして、一審原告の原告適格を争うとともに、Gらが、平成5年1月23日、一審被告Bに対して相続分の放棄又は譲渡をし、本件一土地の共有持分権を失ったと主張する。

 2 当事者参加人らは、遺留分減殺の意思表示をした上、本件各土地についてそれぞれ三二分の一の共有持分権を取得したとして右1の訴訟に独立当事者参加をし、右共有持分権に基づき、(1) 一審原告に対し、右共有持分権の確認を求めるとともに、(2) 一審被告Bに対し、右共有持分権の確認と遺留分減殺を原因とする持分移転登記手続を求めた。これに対し、一審被告Bは、右遺留分減殺請求権の行使は権利の濫用に当たり、一審被告Bの寄与分を考慮すべきであると主張するほか、Gらが右遺留分減殺請求権の行使より前に本件一土地の共有持分を一審被告Bに対して譲渡したから、民法1040条1項本文により、当事者参加人らは一審被告Bに対して本件一土地につき遺留分に相当する共有持分の返還等を請求することができないと主張する。

 3 また、当事者参加人らは、遺留分減殺により取得した共有持分権に基づき、右2の訴訟とは別個に、一審被告Cに対し、本件三ないし五土地についての共有持分権の確認と遺留分減殺を原因とする持分移転登記手続を求めた。これに対し、一審被告Cは、右遺留分減殺請求権の行使は権利の濫用に当たると主張する。

 三 原審は、一審原告の一審被告Bに対する訴え(二1)及び当事者参加人らの一審原告に対する訴え(二2(1))については、遺言執行者である一審原告は当事者適格を有しないとして、いずれもこれを却下し、当事者参加人らの一審被告Bに対する請求(二2(2))及び一審被告Cに対する請求(二3)については、いずれもこれを認容すべきものとした。平成一〇年(オ)第一四九九号事件は、一審原告が提起した上告であり、同第一五〇〇号事件は、一審被告らが提起した上告である。


(判旨)



 一 上告理由は、被相続人の遺言執行者である一審原告が、一審被告Bに対し、本件一土地及び本件二土地の持分二分の一について持分移転登記手続を求める訴えの当事者適格(原告適格)を有するか否かに関するものである。

 二 原審は、前記の事実関係の下において、次のとおり判断し、一審原告の一審被告Bに対する右訴えを不適法として却下した。

 1 新遺言は、特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨のものであり、右相続人らは、被相続人の死亡の時に遺言に指定された持分割合により本件各土地の所有権を取得したものというべきである。そして、この場合には、当該相続人は、自らその旨の所有権移転登記手続をすることができ、仮に右遺言の内容に反する登記がされたとしても、自ら所有権に基づく妨害排除請求としてその抹消を求める訴えを提起することができるから、当該不動産について遺言執行の余地はなく、遺言執行者は、遺言の執行として相続人への所有権移転登記手続をする権利又は義務を有するものではない。

 2 新遺言に「その他の財産」についての包括的な条項が含まれていることは、右のように解する妨げにはならない。また、本件において、他に、遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなど、直ちに権利が承継されると解すべきでない特段の事情は存しない。

 3 したがって、被相続人の遺言執行者である一審原告は、一審被告Bに対する本件一土地及び本件二土地の持分二分の一の持分移転登記手続請求に係る訴えについて、当事者適格を有しないというべきであり、右訴えは不適法である。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる趣旨の遺言(相続させる遺言)は、特段の事情がない限り、当該不動産を甲をして単独で相続させる遺産分割方法の指定の性質を有するものであり、これにより何らの行為を要することなく被相続人の死亡の時に直ちに当該不動産が甲に相続により承継されるものと解される(最高裁平成元年(オ)第174号同3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁参照)。しかしながら、相続させる遺言が右のような即時の権利移転の効力を有するからといって、当該遺言の内容を具体的に実現するための執行行為が当然に不要になるというものではない。

 2 そして、不動産取引における登記の重要性にかんがみると、相続させる遺言による権利移転について対抗要件を必要とすると解すると否とを問わず、甲に当該不動産の所有権移転登記を取得させることは、民法1012条1項にいう「遺言の執行に必要な行為」に当たり、遺言執行者の職務権限に属するものと解するのが相当である。もっとも、登記実務上、相続させる遺言については不動産登記法27条により甲が単独で登記申請をすることができるとされているから、当該不動産が被相続人名義である限りは、遺言執行者の職務は顕在化せず、遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務も有しない(最高裁平成3年(オ)第1057号同7年1月24日第三小法廷判決・裁判集民事174号67頁参照)。しかし、【要旨 本件のように、甲への所有権移転登記がされる前に、他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため、遺言の実現が妨害される状態が出現したような場合には、遺言執行者は、遺言執行の一環として、右の妨害を排除するため、右所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ、さらには、甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできると解するのが相当である。この場合には、甲において自ら当該不動産の所有権に基づき同様の登記手続請求をすることができるが、このことは遺言執行者の右職務権限に影響を及ぼすものではない。

 3 したがって、一審原告は、新遺言に基づく遺言執行者として、一審被告Bに対する本件訴えの原告適格を有するというべきである。
 そうすると、これと異なる原審の右判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は、理由がある。

 一 前記の事実関係によれば、当事者参加人らはそれぞれ被相続人の相続財産について三二分の一の遺留分を有するものであるところ、上告理由は、当事者参加人らが一審被告らに対し、本件各土地につき遺留分に相当する共有持分の返還等を請求することができるか否かに関するものである。

 二 原審は、次のとおり判断し、一審被告らの抗弁をいずれも排斥して、当事者参加人らの本訴請求を認容すべきものとした。

 1 当事者参加人らの父である亡Lが、被相続人の夫である亡Mから多数の不動産の贈与を受け、亡Mの相続に際して相続の放棄をした事実は認められるが、亡Lないし当事者参加人らが被相続人の相続に関して相続を放棄し、又は遺留分を主張しないとの約束をしていた事実を認めるに足りる証拠はなく、その他、全証拠によるも、当事者参加人らの遺留分減殺請求権の行使が権利の濫用に当たると認めることはできない。

 2 寄与分は、共同相続人間の協議により定められ、協議が調わないとき又は協議をすることができないときは家庭裁判所の審判により定められるものであって、遺留分減殺請求に係る訴訟において抗弁として主張することは許されない。

 3 一審被告Bの主張事実をもってしても、Gらは、被相続人の遺産相続についての話合いの結果、相続分の放棄をし、又は共同相続人である一審被告Bに相続分を譲渡したというのであって、これが民法1040条1項にいう「減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したとき」に当たらないことは明らかである。

 三 右1及び2の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。したがって、一審被告Cの上告は既に理由がない。

 四 しかしながら、原審の右3の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 特定の不動産を特定の相続人甲に相続させる趣旨の遺言(相続させる遺言)がされた場合において、遺留分権利者が減殺請求権を行使するよりも前に、減殺を受けるべき甲が相続の目的を他人に譲り渡したときは、民法1040条1項が類推適用され、遺留分権利者は、譲受人が譲渡の当時遺留分権利者に損害を加えることを知っていた場合を除き(同項ただし書)、甲に対して価額の弁償を請求し得るにとどまり(同項本文)、譲受人に対し遺留分に相当する共有持分の返還等を請求することはできないものと解するのが相当である。また、同項にいう「他人」には、甲の共同相続人も含まれるものというべきである。したがって、当事者参加人らが遺留分減殺請求をする前に、Gらが一審被告Bに本件一土地の共有持分を譲り渡したとすれば、当事者参加人らは、同項ただし書に当たる場合を除き、一審被告Bに対して本件一土地につき遺留分に相当する共有持分の返還等を請求することができない筋合いである。原審は、一審被告Bの主張を相続分の放棄又は譲渡をいうものと解し、その主張自体からして同項に該当しないと判断したものと見られるが、記録によれば、一審被告Bは、本件一土地についてGらが共有持分を譲渡したとも主張していることが明らかであるから、原審としては、一審被告Bの主張する共有持分の譲渡の事実の有無を認定し、同項本文の適用の可否について判断すべきものであった。

 そうすると、これと異なる原審の右3の判断には、法令の解釈適用の誤りないし判断遺脱の違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は、右の趣旨をいうものとして理由がある(付言するに、仮に当事者参加人らの一審被告Bに対する持分移転登記手続請求に理由があるとしても、本件一土地の登記原因については検討を要する。本件二土地の持分二分の一の登記原因についても、同様である。)。

 第四 さらに、職権により次のとおり判断する。

 一 原審は、当事者参加人らが遺留分減殺請求に基づき一審原告に対して本件各土地について共有持分権の確認を求める訴えについても、本件においては遺言執行の余地がなく、一審原告は当事者適格(被告適格)を有しないとして、当事者参加人らの一審原告に対する右訴えを不適法として却下した。

 二 しかしながら、原審の右判断のうち本件一及び二土地に係る訴えに関する部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 当事者参加人らはそれぞれ被相続人の相続財産について三二分の一の遺留分を有しており、一方、遺言執行者である一審原告は、一審被告Bに対し、本件一土地についてGらへの、本件二土地の持分二分の一について一審被告Cへの各持分移転登記手続を求めていて、これが遺言の執行に属することは前記のとおりである。そして、一審原告の右請求の成否と当事者参加人らの本件一及び二土地についての遺留分減殺請求の成否とは、表裏の関係にあり、合一確定を要するから、本件一及び二土地について当事者参加人らが遺留分減殺請求に基づき共有持分権の確認を求める訴訟に関しては、遺言執行者である一審原告も当事者適格(被告適格)を有するものと解するのが相当である(これに対し、本件三ないし五土地については、被相続人の新遺言の内容に符合する所有権移転登記が経由されるに至っており、もはや遺言の執行が問題となる余地はないから、一審原告は、右各土地について共有持分権の確認を求める訴訟に関しては被告適格を有しない。)。

 そうすると、原審の右判断のうち本件一及び二土地に係る訴えに関する部分には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

 第五 結論

 以上の次第で、原判決中、当事者参加人らが一審被告B及び一審被告Cに対し本件三ないし五土地について共有持分権確認及び持分移転登記手続を求める部分を除く、その余の部分を破棄した上、更に所要の審理判断を尽くさせるため右破棄部分につき本件を原審に差し戻すこととし、一審被告Bの上告中、本件三ないし五土地に関する部分及び一審被告Cの上告は理由がないので、これを棄却することとする。

 なお、一審被告Bの上告中、本件二土地に関する部分は理由がないが(ただし、その持分二分の一の登記原因については、前記のとおりである。)、本件一及び二土地に関する本件訴訟は、一審原告、一審被告B及び当事者参加人らの間において訴訟の目的を合一に確定すべき場合に当たるから、右部分については、主文において上告棄却の言渡しをしない。


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